ホタル百科事典/ホタルの生態2-5.

東京にそだつホタル

ホタル蛹〜羽化

ホタルの蛹化

  ゲンジボタルの幼虫が潜る深さは、浅いもので1センチ、深いもので6センチぐらいです。土中に潜った幼虫は、カブトムシなどの甲虫類と同じように蛹室を作ります。その場所の状況が蛹化に適している環境、つまり植物が茂っていて柔らかく、団粒構造ゆえに保湿性、通気性に富み、土壌温度の寒暖差が少なく、長期間安定した環境であるならば、雨によって湿っている状況を利用して、すぐに体をよじり回転しながら幼虫の力で周囲の土を押し広げ、縦2cm・横1.3cmほどの楕円形の部屋(土まゆ)を作ります。土まゆを作る際、幼虫は体から透明の液体を分泌します。この分泌物は蛹室に均等に、そして厚さ2〜3mmほど染みこんでいき時間とともに堅くなっていきます。
 土まゆを完成させても、2〜3日経過した後に何らかの理由で土ゆまが破壊された場合には、再度土まゆを作り直します。潜った場所が蛹化に不適当な場合は、再び地上に這い出してきて潜り直す幼虫もいますが、乾燥して死んでしまうものもいます。土まゆの外側は、周囲の土が集まっていてでこぼこしていますが、内側はたいへん滑らかになっており、幼虫や蛹を乾燥から守ります。この土まゆが完成する前に幼虫が潜った土が乾燥してしまうと、幼虫も乾燥して死んでしまいます。

  ゲンジボタルの幼虫は、潜土できない状態の時は、ヘイケボタルのように地表面で土まゆを作る場合もあります。また、潜土しても土まゆを作らないで蛹化する場合もあります。土の隙間から潜土しても周囲の土が硬く土まゆが作れない状態で、その場所がある程度湿り気があり、外敵に襲われなければ、その隙間で前蛹になり、蛹になり羽化します。生息地によっては、潜土する幼虫よりも地表でそのまま蛹になる方が多い所もあります。

  幼虫は、土まゆを完成させてしばらくすると、この中で縦に丸く(C字)なって動かなくなります。これは、休眠ではありません。その後、前蛹となります。潜土後、どの時点をもって前蛹と呼ぶのかは明確ではありませんが、前蛹期は幼虫の体内では、大きな組織の変化が起こっており、ほとんど動きません。幼虫の体は乾いていますが、腹部は分泌物によって若干濡れた状態を保っています。幼虫は、潜土してから前蛹期を過ごし、およそ40日で蛹になりますが、この期間は土の温度によってかなりの差があります。常に22〜23℃くらいでは、およそ3週間で蛹化します。

  蛹化に要する時間は、30分くらいです。蛹(さなぎ)になると昼夜を問わず静かに光り続けています。(参照:ホタルの写真

ホタルの土まゆの写真 土の中から取りだした土まゆ(蛹室)

ホタルの蛹(さなぎ)の写真 土まゆ(蛹室)の中の蛹

蛹の外敵

  蛹は土まゆの中でじっとしているために、希に土中の菌類に侵されることがあります。浅田義邦先生の報告では、5体の蛹から白い棒状のキノコのようなものが生えてきて、そしてそれは3センチくらいまで伸びたということがあります。その他の外敵としては、白い小さなダニがつくこともあります。発育途中で死んでしまう蛹もあり、羽化率は100%ではありません。
 ただし、これは水槽飼育の例であり、自然発生地で観察された報告はありません。自然発生地においてこれらを観察すること、つまり蛹の死亡原因や羽化率を求めることは不可能であるために水槽飼育での観察になるのですが、水槽は小さく閉鎖的です。生態系という意味では、雑菌が繁殖すれば、爆発的に増殖する可能性もあるほど自然界とは違っています。自然界の土壌には多くの微生物が生息し、当然病原菌やカビも極普通に生活しています。しかしながら、団粒・腐植に多くの微生物が繁殖し、病原菌などは抑制されているのです。例えば、キチン質が豊富な土壌で増える放線菌は抗生物質を生成しカビや病原菌を抑制しています。バチラス・サブチルスという微生物は、土壌の団粒化も促進し有害微生物の増殖を抑えます。また、トビムシ類や土壌中に多数生息するササラダニ類等の小型節足動物は病原糸状菌を摂食します。
  ゲンジボタルの幼虫が上陸し、蛹になって羽化する環境は、外敵や病原菌を撲滅した無菌の状態ではなく、様々な植物や微生物が関わり合って病原菌などの異常繁殖が抑えられているのです。

ホタルの羽化

  蛹化直後の蛹は、全身薄いクリーム色をしていますが、時間の経過とともに黄色味がかってきます。そして5日目くらいから目の色が黒ずんできて、8日くらいたつと羽の色も濃くなってきて、前胸部も赤くなってきます。そして、10日目くらいにいよいよ羽化(う化)が始まります。羽化は、たいてい夜間に行われます。羽化したゲンジボタルの成虫は、しばらく土まゆの中で休みます。その間に、羽は黒く硬くなります。そして3〜4日後の夜に地上に這い出してきます。深さ6cm程の地中から這い出して来るには、1日以上の時間を要することもあります。土の隙間を頭部と前肢で少しずつ押し広げるようにして、地上を目指します。ゲンジボタルの成虫が地上に這い出す時も、土が軟らかくなければ出てくることが出来ません。特に雨上がりは土がもっと柔らかくなり、成虫の這い出てくる数が多くなります。屋外の人工河川で、ビニールやコンクリートにより川の水の浸透が遮断されているような場所で、土壌条件も悪い場所ですと、雨不足など異常気象になりますと、上陸した場所は極端に乾燥し、前蛹時期や蛹の時期に死んでしまったり、また羽化しても、乾燥しきった土は硬く閉まり、地上に出てくることが出来なくなります。
  地上に這い出たゲンジボタルの成虫は、すぐに近くの草の茎まで歩いていき、つかまってじっとしています。その夜は、ほとんど飛ぶことなく静かに光っています。

羽化したゲンジボタルの写真
羽化した成虫は、3日くらいの間、土まゆの中で体が固くなるまでじっとしている。

飛び立つゲンジボタルの写真
地上に出て葉の上から飛び立とうするゲンジボタルの成虫

ゲンジボタルの成虫
葉の先から飛び立とうするゲンジボタルの成虫

ゲンジボタルの羽化までの積算温度

  下のグラフは、ゲンジボタルの幼虫の上陸日から羽化までの積算土壌温度(平均/日)を表していますが、およそ680℃日前後で羽化しています。後から上陸した幼虫は、土壌温度が高い日が多いために羽化までの日数が早く上陸した幼虫に比べて短くなっています。(53日−45日)また、温度は、前蛹の期間に大きな影響を与えており、蛹〜羽化までの期間は10日前後とほとんど違いはありません。上陸〜羽化までの日数については生息地の地域や環境によって土壌温度に相違がありますので、一様ではありません。

ホタルの上陸から羽化までの積算温度グラフ
グラフ.上陸から羽化までの積算土壌温度

有効積算温度

  ゲンジボタルを飼育容器内で個体別に飼育して観察し、上陸から羽化までのデータをもとに回帰分析して、羽化までの発育零点と有効積算温度を求めました。

回帰直線式 y=0.00245x−0.01964(r=0.99) 
x=気温(地温)、y=発育速度(発育日数の逆数)

発育零点8.02℃、有効積算温度408.4日度

計算例  上陸後、Σ(毎日の平均気温・地温−8.02)が408.4を越えると羽化。
16℃の状態では(16-8.02)×D= 408.4
        D = 51日となります。 

(参照:ホタルレポート第09号/ゲンジボタルの発生に及ぼす温暖化の影響について
および第10号/ゲンジボタルの発生と積算温度について

  東京都のゲンジボタル発生地では、同じ年でも生息地によって成虫の発生時期が異なっています。例えば、都内4箇所の初見日平年値は、

  1. 青梅市a.  6月10日
  2. 青梅市b.  6月20日
  3. 青梅市c.  7月5日
  4. 奥多摩市a. 7月2日

ですが、4箇所とも5月上旬の同時期に上陸が行われています。つまり、上陸後の気温(地温)の違いによって有効積算温度に達するまでの日数が異なることから、発生時期がずれていると考えられます。

ホタル前線図
図.ホタル前線(ゲンジボタルの発生初見日 1980.furukawa )

ホタルの発生期間グラフ
グラフ.ゲンジボタルの発生期間 (2001.Furukawa )

  ゲンジボタル成虫の発生数は、生息地によって、また年によってかなりの変動があります。例えば、短い期間にまとまって発生したり、長い期間に少しずつ発生したりする年があります。これらは、毎年の生息地域の気象条件などにより変動していると思われます。特に、幼虫の上陸期における降雨日数や気温、水温、蛹の時期の地温などの影響が大きいと考えられます。また、その年の総発生数は、カワニナの生産量との関係において増減していると考えられます。多く発生した翌年は減少し、その後発生数が徐々に増えるといった傾向にあるのが一般的です。

ホタルの生存率と発生率

  自然界でのゲンジボタルの生存率は、1%以下と言われていますが、自然河川で調査すること困難です。水中にはすでに2年越し、3年越しの幼虫も多数存在します。また、1齢幼虫の生存率や1齢幼虫が翌年上陸する割合も分かりません。ただし、一般的に昆虫の個体数は、平均的には種ごとに一定のレベルを保っており、卵から成虫までの生存率の長期的な平均値は、ほぼ 2/F (Fは交尾雌1頭当たりの産卵数、性比は0.5とする)と言われています。産卵数が多いほどそれに反比例して生存率が低いことになります。例えば、ある場所の1シーズンのゲンジボタル発生数が仮に100匹だとしましょう。そしてメスの割合を50%、そのメスがすべて500個の卵を産み、すべて孵化したとします。そうしますと25,000匹の1齢幼虫が水中に入る計算になります。先に従って計算すれば、ゲンジボタルの生存率は、0.004%ということになります。つまり、25,000匹の1齢幼虫から成虫になるのは100匹で、元の成虫と同じ数が羽化することになります。もちろん、環境の状況や餌となるカワニナの状況によって、生存率は変化すると考えてよいでしょう。ただし、これは1〜3年間での数値です。(翌年に成虫になる割合を調査することも、自然河川では困難です。)一見、生存率が極端に低いように思われがちですが、実際は、毎年2年越し、3年越しのゲンジボタルが加わりながら一定の発生数を保っており、これが自然の摂理であり、種の保存戦略となっているのです。(参照:ゲンジボタルの個体群動態解析及び存続可能性分析
  人工飼育では、孵化率、成長の割合、羽化率までも細かく調査することができますが、ホタルに最適な環境を提供し、カワニナも常に食べることができる状況にした場合、その数値は自然界とはまったく異なります。私の経験では、孵化率90%、翌年の上陸数10%、羽化率70%になることがあり、50匹のメスが500個ずつの卵を産んだとするならば、翌年の発生率はおよそ6%、実に元の成虫数の15倍に当たる1,500匹が次の年に羽化してしまいます。生存率では、10%以上にもなります。

ゲンジボタル ゲンジボタルのオス成虫


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