ホタル百科事典/ホタルに関する調査研究レポート
昨今の異常気象は、二酸化炭素の過剰排出による地球温暖化によるところが大きいと言われている。地球の平均地上気温(陸域の地上気温と海面水温の平均)が20世紀中に約0.6℃上昇し、1990年代の10年間は、過去1,000年で最も温暖な10年となった。
近年の日本全国の年平均気温は上昇傾向にある。都市化の影響を除いて、過去100年あたり約1.0℃上昇し、都市部では2倍以上の上昇が観測されている。また、月平均気温の異常高温の発生数は増加傾向にあり、逆に異常低温の発生数は減少しているなど、温暖化に特徴的な現象が生じている。降水量は過去100年間で5%減少する傾向が見られるが、最近の異常多雨にはまだ有意な傾向はない。
温暖化の生物への影響も危惧されている。IPCCの第3次評価報告書では、動植物の生息地の移動、数や量、個体サイズの減少などを挙げ、温暖化の影響が顕在化していると結論づけた。気温の上昇により、これまでは九州以南に生息していたナガサキアゲハが東京にも生息するようになったり、河川水の温度上昇による富栄養化などにより水質が悪化するという状況が見られる。
年々、桜の開花が早まっている。年によって多少のばらつきはあるものの、相対的にホタルの発生も早くなっている傾向にあることから、ホタルの発生に及ぼす温暖化の影響について考察する。(ここで述べるホタルは、ゲンジボタルに限定する)
ホタルの発生については、まず「蛹になるために上陸する時期」、そして「上陸してから羽化して地上に出てくるまでの期間」について分けて考える必要がある。
2−A.上陸と気象
まず、上陸する時期と気象条件との関係であるが、上陸は気温だけでなく日長時間とも深く関係している。特に、日長時間は上陸後に発育零点を下回る日がないように、幼虫が季節を判断する上でたいへん重要な関わりがあると思われる。(実際に生息地数カ所の計測により、上陸後において、最低気温・地温が発育零点を下回った日はほとんどない。あっても1日か2日である。)また、上陸日は降雨が必要条件である。その年の気象条件によるが、東京都内ではおおむね4月下旬から5月上旬の間に上陸している。つまり、温暖化により気温や水温が早い時期より上昇したとしても、ある一定の日長時間になり、またさらに雨が降らなければ上陸は行われない。したがって、発生が早まっている原因を温暖化の影響で上陸時期が早くなっているからであると結論づけることはできない。
ただし、温暖化の影響により、国内の降水パターンに変化が生じている。西日本と東日本、或いは日本海側と太平洋側でパターンに相違もある。例えば東京では、上陸時期の4月中旬から5月にかけて降雨日、降水量ともに低下している傾向にある。これらが、今後、上陸の時期や発生時期に影響を与えることは大いにあると思われる。
参考までに、以下に各年の降水量の推移、降雨日の推移および月間降水量の推移をグラフとして表した。
グラフ2−A1〜A4.降水量の推移
次に、上陸してから羽化して地上に出てくるまでの期間について考察する。
下のグラフは、過去(各年のデータから抜粋/詳細なデータは1980年以降)と2004年の5月6月の平均気温の推移を表している。これらは青梅市の生息地を基準とした。
ここ20数年の気温の変化は、年によっておおきな変動が見られるものの、概ね上昇傾向にある。2004年に限って言うならば、5月はほぼ平年並みの変動だが、6月に入り、気温が上昇の一途をたどっている。これはほとんど雨が降らなかったためである。
グラフ2−B1〜B2.平均気温の推移
各月ともに1日の平均気温をすべて積算すると以下のようなグラフになる。
2000年6月の例外を除いては、年々積算温度が高くなっている。2000年の発生は6月下旬から7月上旬が最盛期であり、2004年は、6月中旬から下旬が最盛期となってあり、上陸後の積算温度が発生時期を左右していると思われる。また、この積算温度の上昇傾向は温暖化の影響によるものと思われる。
グラフ2−B3〜B4.積算温度の推移
昆虫類などの多くの変温動物は、ある発育段階を完了するまでに要する時間は環境の温度に反比例するという有効積算温度の法則が成立する。別な言葉で言い換えると、発育速度は温度に比例するということである。異なった恒温条件下で昆虫を飼育し、発育に要する日数を求めることでこのデータを得ることができる。
そこで、ゲンジボタルを飼育容器内で個体別に飼育して観察し、上陸から羽化までのデータを得た。
平均気温(地温) |
上陸から羽化までの日数 |
16℃ |
50日 |
18℃ |
42日 |
20℃ |
34日 |
23℃ |
27日 |
観察結果から羽化までの発育期間の逆数を求めて発育速度を計算し、これと発育期間中の平均気温との関係を図にすると、上図のような関係が得られる。このデータに回帰直線を当てはめて横軸との交点の気温を求めると、それは気温の低下によって発育が遅くなり、ついに発育速度がゼロ、つまり発育できなくなる限界の気温(発育零点)を推定できる。
上記のデータをもとに回帰直線分析を行い、発育零点と有効積算温度を得た。
(1)ゲンジボタルの幼虫の上陸後から羽化までの日数と飼育温度との間には、高い相関関係が認められる。
重相関 R=0.99
この相関係数は,実測値と予測値の間の相関係数を示している。つまり、行った回帰分析による予測値が 本当に実測値とよく当てはまっているかどうかを示しており、1に近いほどよい。
小さい値の場合は、そもそも分析対象のデータが直線にうまく当てはまらないことを示しており、
回帰分析を行う意味がなく、別の予測手段を用いる必要が出てくるが、この場合は,0.99であり、
回帰直線がよく当てはまっていることを示している。
(2)回帰直線式 y=0.00245x−0.01964(r=0.99) x=気温(地温)、y=発育速度(発育日数の逆数)
(3)発育零点8.02℃、有効積算温度408.4日度
計算例 上陸後、Σ(毎日の平均気温・地温−8.02)が408.4を越えると羽化する。
20℃の状態では、(20-8.02)*D = 408.4 D = 34日 となる。
(4)追記 蛹から羽化までの期間は、いずれの場合も約10日であり、積算温度は主に前蛹期の成長に影響を与えると思われる。
また、羽化した成虫は、しばらく土まゆの中でじっとしており、特に自然界においては地上に出てくる時にある程度の降雨と温度(気温)が必要であ。これらにより、+5〜10日の誤差が生じる可能性がある。
また、地域性や年による誤差もあると考えられるので、今後さらに多くのデータから検証する必要はある。
ホタルの発生時期を決定するのは、幼虫の上陸時期とその後の積算温度である。幼虫の上陸時期は、気温や水温の変化だけでなく、日長時間と降雨も関係しているため、温暖化が直接上陸の時期を早めることはないと考えられるが、温度と日長時間がクリアされていれば、温暖化のよる降水パターンの変化が、多少上陸を早まめる要因になると考えられる。しかしながら、水温の変化が緩やかな湧水や渓流など、生息地の環境条件によってはあまり影響がない場所もある。
また、年々上陸後(5月以降)の積算温度が高くなってきている。このことが前蛹の成長を早め、成虫の発生時期を少し早める要因にはなると考えられるが、谷の底部で地温の上昇が鈍いなど生息地の物理的条件によっては、影響がない場所もある。
これら総合的に見て、温暖化が発生時期を早めていることに多少は影響していると考えられるものの、極端に発生を早めるものではないと思われる。それよりも、水温上昇による水質汚染や大雨による増水、生息生物の変化による食物連鎖の変化など、生態系の変化からホタルの生息そのものを脅かす危険性があると思われる。
参考及び引用文献、資料
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