ホタル百科事典/ホタルの生態2-4b.

東京にそだつホタル

ホタル幼虫の上陸

ホタルの幼虫の上陸

ゲンジボタルの上陸行動

  ゲンジボタル幼虫の終齢幼虫は上陸の半月ほど前になると、ほとんどカワニナを食べなくなります。昼間はやはり水底の小石の下でじっとしていますが、夜になると歩き出して川岸の水面近くまで上がってきます。また、よく発光するようになります。これは、幼虫が蛹になるために上陸するために行う行動です。東京では、4月中旬以降必ず何日か雨が降りますが、ホタル幼虫はこの雨を待って上陸を開始します。(ただし、気象条件による。)
  ゲンジボタルの幼虫は、降り続く雨の中次々に水面から陸上へとはい上がってきます。これまでの水中でも時々発光していましたが、上陸時はすべての幼虫が光り続けながら歩いていきます。上陸する岸辺は、河川によって方向が決まっているようで、両岸の場合もあれば、どちらか一方の岸に上陸します。歩く距離は、上陸した岸辺の環境によって違います。短いもので50cm前後、長いものでは30メートルも歩いたという報告があります。上陸後、中州を通り越し、その先の高さ2mほどの石垣を登っていったり、岸がコンクリート護岸であっても、それを登ってその先の土の部分を目指すゲンジボタルの幼虫を観察したこともあります。(参照:ホタルの写真上陸)ほとんどの幼虫は、上陸するとその夜のうちに土の中へ潜っていきますが、適当な場所がみつからないと水中へまた引き返す幼虫もいます。あるいは、朝までに適当な場所が見つからないと、とりあえず落ち葉や石の下、土の中に少しだけ潜って夜を待ち、暗くなると再び這い回るという幼虫もいます。ゲンジボタルの幼虫は、短い脚を使って穴を掘って潜っていくことはできませんので、草の根本や石と土の隙間、窪みを見つけて土の中に頭を入れ、土の隙間をぬうように潜っていきます。このような場所は日中ほとんど直射日光の当たらない、そして保湿性、通気性に富んだ柔らかい土壌です。
  最初に上陸する幼虫は、ほとんどがオスの場合もありますが、場所によってはメスの幼虫も上陸します。

上陸する前のゲンジボタル幼虫の写真  写真 水面近くで待つ終齢のゲンジボタル幼虫

上陸しているゲンジボタル幼虫の写真  写真 上陸している終齢のゲンジボタル幼虫1

上陸しながら発光するゲンジボタル幼虫の写真  写真 上陸している終齢のゲンジボタル幼虫2

ゲンジボタル幼虫の上陸場所の写真  写真 上陸する場所

発光するゲンジボタル幼虫  写真 発光するゲンジボタル幼虫

発光するゲンジボタル幼虫  写真 ゲンジボタル幼虫の発光器

ゲンジボタル幼虫の上陸条件

  ゲンジボタル幼虫の上陸は、気象条件と深い関係があると思われます。上陸を開始する時期を気象データと照らし合わせてみますと、まず、水温が一年のうちでもっとも変化する(日水温較差が大きい)時期であるのが解ります。これは、川に日光が射し込むために水温が上昇するためです。落葉広葉樹は、夏は葉を付け冬は葉を落としていますので、落葉広葉樹で被われた川の日射しは、夏に少なく、冬に多くなります。そして春の落葉広葉樹が芽吹く頃は、日射しが強くなる時期でもあり、また木の葉はまだ十分に開いていませんので川まで日がよく当たって水温が一番高くなるのです。(針葉樹などで被われた川では日光が木の葉などにさえぎられてしまうので、水温はあまり上がりません。)

谷戸の小川の水温変化グラフ
グラフ. 谷戸の小川における4月と8月の水温変化(最低・最高)(1987.あきる野市)

  ゲンジボタルの幼虫が一番最初に上陸を開始する日は、本降りの雨の夜で18時半以降、しかも水温と気温の差が非常に少ないか、気温の方が水温よりも高い場合に限られます。幼虫は雨天か否かを判断するために水際から頭を水上に出します。雨天であれば上陸を開始し、そうでなければ上陸はせずに水中に戻ります。(上陸する時間帯に雨が降っていなくても上陸する幼虫もいます。)このような気象条件のもとで上陸するということは、これまで生活していた水中との急激な環境変化をなるべく少なくするためであると考えられます。
  一度上陸が行われれば、その後は必ずしも雨天時とは限らず、気温・水温・湿度が高く、更に潜土が適度に濡れている状態にある時に、しばしば上陸をしています。

気温・水温・降水量とゲンジボタルの幼虫の上陸数との関係グラフ

気温・水温・降水量とゲンジボタルの幼虫の上陸数との関係グラフ
グラフ. 気温・水温・降水量とゲンジボタル幼虫の上陸数との関係(2002年4月−5月・青梅市)

  上のグラフは、2002年4月15日から5月14日までの気温・水温・降水量およびゲンジボタルの幼虫の上陸数を表したものです。これは、青梅市の生息地におけるデータですが、5月上旬の水温・気温の差が少ない雨天時に多く上陸しています。気温・水温が高くても、雨が降っていない日や、雨天でも最低気温と水温が10℃以下の日は、上陸していません。

ゲンジボタル幼虫/上陸の条件

発光しながら上陸するゲンジボタルの幼虫
写真 発光しながら上陸している終齢幼虫(2011.4.9)

発光しながら上陸するゲンジボタルの幼虫
写真 発光しながら上陸している終齢幼虫(2011.4.9)

  ゲンジボタルの幼虫は上陸の季節つまり4月〜5月という時期を、長い水中生活においてどのように判断しているのでしょうか。昆虫類の多くは、成長(脱皮)の抑制・促進ホルモンは気温や日長時間に大きく関与しているということが解っています。すなわち、昆虫類は気温や日長時間の変化によって季節を感じ取っているわけです。
  昆虫は、環境条件の変化に呼応して発育を調節していることはよく知られています。
  例えば、国蝶オオムラサキの生活環を見ると、羽化は1年に一度で、関東地方では6月下旬から7月にかけてであり、ゲンジボタルとほぼ同様になっています。雌は交尾後、エノキの小枝や葉の上に数十以上の卵をまとめて産み、卵から孵化した幼虫は樹上で成長・脱皮を繰り返し年内に4齢に達します。冬には地表に降りて、落葉の下で幼虫のままで休眠し、翌年の春に休眠から覚めて樹上に戻り、葉を食べて2回の脱皮をして6齢を経て初夏に蛹となります。冬の休眠は環境条件、特に日長(1日24時間のうちの昼間の時間の長さ)によって決定されることが明らかにされています。1日の昼間の時間がある限界より短くなる(短日条件)と、休眠に入ります。おもしろいことに、休眠に入る前に体色は緑色から褐色に変わり、休眠場所の落葉の色と見分けがつかなくなります。仮に、人為的に長日条件に置くと、休眠は回避されてそのまま年内に蛹となってしまいます。
  ところで、長日条件によって育った幼虫には5齢で蛹となる個体と6齢を経て蛹となる個体とが混在します。どちらの齢で蛹となるかは、5齢脱皮時の幼虫の大きさで決まると言われています。すなわち、幼虫の頭の幅が4.5 、脱皮時の体重が250〜300mg以下の場合は6齢になるが、それ以上では6齢が省略され蛹となるようです。
  オオムラサキの発育のもう一つの特徴は夏に起こる3齢幼虫の発育遅延です。気温が高いにもかかわらず、長日条件でなぜか幼虫は大変ゆっくりと成長します。これは休眠齢期を4齢に同調させるための調節機構と考えられています。北海道や東北の北の個体群ではこの夏の発育遅延はほとんど見られず、休眠までの期間が短く、休眠齢期も3〜4齢ですが、九州などの南の個体群では発育遅延が強く、休眠までの期間も長く、休眠齢期も4〜5齢です。このような地理的差異は両者の幼虫を同一条件で飼育した場合でも生じるので、環境の違いに対応した遺伝的変異が基礎になっていると考えられています。

  次に、甲虫類のマダラカミキリの場合では、暖かな恒温条件下で飼育すると、いつまでの幼虫のままで、成虫になりません。自然界ではマダラカミキリは成熟幼虫の段階で休眠し、その後の高温で蛹・成虫へと変態し、6〜7月にまるで示し合わせたかのように一斉にマツ材から脱出します。つまり、低温がその後の変態に必要条件となっています。
  マダラカミキリを様々な温度・日長条件下で飼育した結果、成長期に短日下または20℃以下で飼育すると「秋」を、休眠消去から変態期に長日高温下で飼育すると「春」を感知することが解っています。また,10〜15℃の低温を2ヶ月間経験することで休眠から覚めること、すなわち「冬」を感知することがわかっています。
  これら昆虫の変態や脱皮にはホルモンが関与し、そのホルモンのバランスに日長時間や気温が影響していることが解っています。幼虫の頭部にあるアラタ体からアラタ体ホルモン(幼若ホルモン)が分泌され、変態を抑制しており、。また胸部にある前胸腺から前胸腺ホルモン(エクジソン)が分泌され、変態と脱皮を促進していると言われています。そして、1齢幼虫〜4齢幼虫までは、幼若ホルモンとエクジソンの両方が分泌され、5齢幼虫〜蛹ではエクジソンのみ分泌されていると言われています。

人工飼育におけるゲンジボタル幼虫の上陸について

  ゲンジボタルの場合、人工飼育で様々に条件を変えた実験から、幼虫の生育・成長には水温、日長時間等は関与していないことが分かっています。(冬を感知しても休眠はしません。)しかしながら、蛹になるための上陸に関しては温度や日長が関与し、生物時計によって上陸季節を決定していると思われます。真っ暗な中で水温だけを上昇させても上陸はしません。また、実験的に、水温を25℃(一定)、日長時間を10時間に設定して飼育した場合、2月20日に上陸をしました。
人工飼育では、その閉鎖的環境により自然界とは違った気象条件になることがあります。この場合は幼虫の体内時計を狂わしてしまい、上陸しなかったり、上陸時期とは全然違う時期に上陸してしまうことがあります。

1年の日照時間と日長時間グラフ
グラフ. 1年の日照時間と日長時間

  ゲンジボタルの幼虫の上陸は、西日本では何百という幼虫が一斉に上陸をしますが、東日本のゲンジボタルの幼虫は、生息数そのもののが少ないということもありますが、それほど集団では上陸をしません。また期間も上のグラフのように、およそ1ヶ月近くに渡って続きます。ここにおもしろい報告があります。上陸期の最後に上陸してくる幼虫は最初の半分ほどの体重しかないというのです。
  実は、大きいメスの成虫は比較的大きめの卵を産みます。そこから孵化した幼虫は大きい終齢幼虫になります。そして、早い時期に上陸し、はやい時期に羽化するというのです。小さい幼虫は、餌不足のために遅い時期に上陸してきたのではなく、気温が高くなるのを待ってから上陸してきたと考えられます。同じ地域の集団の中にもいろいろな属性をもった個体がいることには違いはありません。一生の中で刻々と変化する季節にうまく対応していると言えます。遺伝的に偏った集団では、変動する環境に対応できずに絶滅してしまうかも知れません。


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