ホタル百科事典/陸生ホタルの生態と生息環境
東京に生息するホタルは9種類が確認されていますが、ゲンジボタルとヘイケボタル以外はすべて陸生のホタルです。ここでは、前項のヒメボタルを除く6種類の陸生ホタル、オバボタル、オオオバボタル、クロマドボタル、ムネクリイロボタル、スジグロボタル、カタモンミナミボタについて、その生態と生息環境を解説します。
しかしながら、陸生ホタルの生態はまだまだ解っていないことが多く、記載はごく一部に止めております。
陸生ホタルの生息環境(谷戸の雑木林と湿地/八王子市)
クロマドボタル Pyrocoelia fumosa Gorham, 1883
クロマドボタルは、本州(東海、近畿以東)の低山地にある里山等の雑木林に生息し、ゲンジボタル、ヘイケボタル、ヒメボタル等に比べれば、生息場所は比較的身近な環境にあると言えます。東京都においては、八王子市、あきる野市、青梅市等の谷戸田に隣接する雑木林や小さな渓流沿いの林に生息し、成虫は6月下旬頃に発生します。オスの成虫が黒色で前胸背板の前縁に透明な窓があることから、名前が付きました。メスは黒色ではなく淡黄色で上翅、下翅ともに退化しています。これはマドボタル属特有のメスの特徴です。成虫は昼行性で、午前9時頃から活動を始め、オスは林道をよく飛んでいます。また、夜間には微弱な発光をし、メスが近づくと強く光ります。配偶行動は光とフェロモンによると考えられています。
幼虫は夜行性で、陸上でウスカワマイマイ(Acusta despecta sieboldiana)やキセルガイの仲間等の陸生貝類や小さなクモ等を食べて生活していますが、樹液を吸う様子も観察(水分やミネラル類を補給していると思われます。)されています。冬季を除く期間、幼虫はオスメスともによく発光します。秋になっても発光していることから地域によっては秋蛍、または土ボタルとも呼ばれていますが。幼虫の光は、明滅することなく連続光であることから、コミュニケーション・サインではないと思われます。
クロマドボタル幼虫の背板斑紋(胸背板並びに腹部各節の両端に見られる斑文)には、地域によって様々な変異がみられ、基本形は「全紋型」と「無紋型」の2つになっています。「全紋型」は、兵庫県東部以東から青森県の下北半島先端まで、県単位の広さでみればどこでも普通にみられ、背板に斑紋がない「無紋型」は、日本列島の「糸魚川〜静岡構造線」と「柏崎〜千葉構造線」に囲まれたいわゆる「フォッサマグナ」地帯の中で、かぎられた所に棲息しているのが確認されています。クロマドボタル幼虫の背板斑紋の変異は、この2つの形(「全紋型」〜「無紋型」)の問に、各地で多様な変異の進行形態が発見されており、次のような5つのグループに分けられています。
クロマドボタルの近縁な種であるオオマドボタルは本州(東海、近畿地方以西)、四国、九州に分布していると言われています。 オオマドボタルの形態的特徴は、前胸背板の赤斑にありますが、2006年、伊豆半島において前胸背板に赤斑のある種が発見されています。この2種については交尾器の形状や生態、コミュニケーション・システムなどに大きな違いが認められないので同一種と考えられることもありますが、 ミトコンドリア DNA の遺伝子解析(鈴木ら1998.)によると、別種の可能性が高いとの結果が得られています。また、前胸背板の赤斑にも、地域によって変異が見られますが、その規則性は明らかではありません。
参考及び引用文献
オバボタル Lucidina biplagiata Motschulsky, 1866
オバボタルの幼虫 発光器は赤色をしている
オバボタルは、体長8-10mm、本州、四国、九州の低山や里山の雑木林に生息しています。昼行性で、林縁の開けた草地等で活発に活動しています。陸生ホタルの中では一番発生期間が長く、5月下旬から8月下旬まで見ることができます。オバボタルの『オバ』は『姥』の意で、前胸背板の赤斑が能面の『姥』に見えることから名づけられたと言われています。オバボタルの幼虫は、浅い土の中と放置木の下で生活し、ミミズ等を食べています。そして土中の隙間で蛹になります。成虫は、羽化後しばらくの間は発光することが観察されています。
オオオバボタル Lucidina accensa Gorham, 1883
オオオバボタルは、オスは体長が、約14mm、メスは約15mmで陸生ホタルの中では大型です。体長と同じくらいの長さの触角を持ち、上翅は黒色で細かい毛が生えています。頭部は、小さく黒色で、前胸には鮮やかな紅色の斑文があります。主な生息場所は、山地の沢沿いの林道端や林内で、海抜200mくらいの人里近くから、1.500mくらいの高山まで、山地の幅広い自然環境に適応して生活しています。発生時期は6月中旬から7月下旬頃です。オオオバボタルの幼虫は、孵化したばかりの時はうす赤紫色で、背板に縞模様があり、時間の経過とともに濃い赤紫色になります。腹部は9節で8節目の背中に左右一対の発光器があり、緑がかった連続光をだします。陸生ホタルの幼虫は、浅い地中か腐食した落ち葉の下で生活しますが、オオオバボタルの幼虫は、林内や林道端に放置されて腐食した丸太や、伐採され腐食した切り株の中で生活しています。オオオバボタルの幼虫は、オバボタル同様にミミズを食べています。成虫は、羽化後しばらくの間は発光することが観察されています。
スジグロボタル Pristolycus sagulatus Gorham, 1883
スジグロボタルの幼虫
スジグロボタルは湿地に生息しており、幼虫は普段は陸上で生活し、摂食時のみ林内の小さな湧き水や細流の水中に潜り、カワニナを捕食しています。自分から獲物を探すという行動はせずに、じっと待ちかまえているタイプのようです。スジグロボタルは陸生ホタルというよりも半水生ホタルと言えます。成虫の発生時期は、他の陸生ホタルの中では一番早く、東京では5月下旬〜6月上旬頃見られます。成虫の発光は、微弱ながら連続光を発することが確認されています。
ムネクリイロボタル Cyphonocerus ruficollis Kiesenwetter, 1879
ムネクリイロボタルは、オスは体長が7mm〜8mm、メスは8mm〜9mm、前胸部が栗色をしています。オスは腹部の6節目、メスは7節目に発光器があり、弱いながらも連続光を放ちます。生息地は、人里の耕作地付近の二次林から山地まで幅広く環境に適応しています。オバボタル同様、比較的容易に見つけることができます。ムネクリイロボタルの幼虫は、落ち葉の下や浅い土の中で生活しており、小雨の降る夜は発光しながら農道などに這い出してきます。また幼虫は、ヒカリギセル、ウスカワマイマイ、ミミズ、死んだサワガニ等を捕食しています。
カタモンミナミボタル Drilaster axillaris Kiesenwetter, 1879
カタモンミナミボタルは、体長約5mm前後の非常に小さなホタルで、肩の部分に栗色の斑紋があります。生息地は、人里の耕作地付近の二次林から山地までと幅広く、また陸生ホタルのあまり好まないヒノキ林でも見ることが出来ます。
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