ホタル百科事典/ゲンジボタルの生息地における生態系

東京にそだつホタル

ゲンジボタルの生息地における生態系

ゲンジボタルの生態系概略

  ゲンジボタルの生息環境を考える場合、彼らの住む河川だけをとらえるのではなく、水系の物理的形態や彼らを取り巻く「自然環境」全体を見る必要があります。水辺という場所は、土、水分、光、空気や水の動き、栄養素、その他環境条件の変化が著しいことにより、湿性植物・抽水植物・浮遊植物・沈水植物などのひじょうに多くの植物群落がみられ、様々な微小生物、鳥類、昆虫類、ほ乳類、両生類、は虫類・・・が生活・繁殖しています。こういった豊かな生態系と、それを織りなす物理的形態、すなわちある程度傾斜のある水辺林と日当たりの良い川、それに続く水田など・・・。こうした環境の中にゲンジボタルは生活しているのです。
前項では、「ゲンジボタルが生息するための条件は何か」を学びましたが、ここでは、ゲンジボタルの生息地の1つである任意の場所において、そこがどのような環境なのか、そしてどのような生態系が形成されているのかを調べます。

ホタルの生息地の生態系概略図
図.ゲンジボタルの生息地の生態系概略図

<景観生態学>

  生息地を取り巻く環境全体の生態系を考える場合、景観生態学という考え方も重要になります。
下図は、Klinkによって自然地域区分と景観生態学的構造との関係をまとめてあるものですが、自然地域は、地複合体を水平的にエコト−プ区分することであることがわかります。
エコト−プは、ビオト−プ(生物)、ペドト−プ(土壌)、ヒドロト−プ(水)、クリマト−プ(気候)、モルフォト−プ(地形)に区分され、さらにそれらと地下の土壌領域との垂直的関係が、景観生態学の基礎となっています。

自然地域区分と景観生態学的構造との関係
図.自然地域区分と景観生態学的構造との関係(Klink.1972 一部改変)

A.ゲンジボタルの生息地全体の生態系

1)生態系区分

  東京都のゲンジボタル生息地A(以降、生息地)は環境省による生態系の国土区分では「本州中部太平洋側区域」に属しており、生物群集タイプは、生物学的特性を示す生態系においては「照葉樹林生物群集」、伝統的な土地利用により形成された注目すべき二次的自然の観点からはすべての生物群集タイプが存在しています。

2)環境特性

  全体は、第三紀中新世の五日市町層群からなる伊奈丘陵に位置しています。丘陵内に小河川が流れ、流域内の高低差は165m。源流は、丘陵の西端にあり、流路はそこから南東方向へ流れています。中流は河床縦断勾配が小さく、また地形の入り組んだ部分に位置し、谷戸の環境が多くみられます。丘陵地の植生はスギ・ヒノキ植林やクヌギ−コナラ群集が優占しています。高位台地や各谷戸部からの湧水が集まり小さな小川となって谷戸中央部分の休耕田の脇を流れています。非常に複雑・複合的な環境特性が形成されています。

ホタルの生息地の断面
図1.ホタルの生息地の断面

<降水量>

  1972年〜1980年の降水量は、平均1354.1mmで平野部(1266.4mm)よりも多くなっており、さらに季節によっても明瞭に異なっています。

降水比較率(マンゴ−の方式による)

1月

2月

3月

4月

5月

6月

7月

8月

9月

10月

11月

12月

月平均雨量

51.6

49.9

72.1

106.8

102.1

158.1

188.2

171.6

202.4

159.9

77.0

37.2

降水比較率

0.45

0.48

0.63

0.96

0.89

1.42

1.63

1.48

1.82

1.44

0.69

0.32

3)陸域の類型区分

  生息区域において広い面積を占める類型は落葉広葉樹林(44.0%)、スギ・ヒノキ林(38.8%)、常緑広葉樹林(9.4%)となっています。これらの類型は相互に入り組んだ形状で隣接しています。落葉広葉樹林、スギ・ヒノキ林、常緑広葉樹林では小河内層群と石灰岩の上にローム層が覆い、その上に黒ボク土壌が発達しています。また、草地の土壌は主に褐色森林土壌であり、一部、黒ボク土壌により占められています。地質は上総層群より成っています。

ホタル生息地の航空写真

ゲンジボタルの生息地における陸域の類型区分 

図2.ホタルの生息地の類型区分

ヤブツバキクラス域代償植生

コナラ−クリ群落

コナラ−クリ群落

植林地・耕作地植生

スギ・ヒノキ

スギ・ヒノキ・植林

畑地雑草群落

畑地雑草群落

水田雑草群落

水田雑草群落

その他(市街地・工場地帯・裸地など)

市街地

市街地

緑の多い住宅地

緑の多い住宅地

この分布図は、環境省の第3回植生調査のインターネットによる出力図を引用したものです。

表1.ホタルの生息地の各類型区分の割合(%)

類型区分

割合(%)

落葉広葉樹林

44.0

スギ・ヒノキ林

38.8

常緑広葉樹林

9.4

草地・畑地

4.6

水田・湿原

3.2

住宅地・市街地

0.0

総計

100.0

表2. 基盤環境と植生の対応関係

類型区分単位

地質

土壌

常緑広葉樹林

小河内層群・石灰岩

黒ボク土壌

落葉広葉樹林

スギ・ヒノキ林

水田・湿原

沖積層

グライ土壌・灰色低地土壌

草地・畑地

ローム層

黒ボク土壌

上総層群

褐色森林土壌・黒ボク土壌

ホタルの生息地を横断的にみた場合の類型区分
図3.ホタルの生息地を横断的にみた場合の類型区分

表3. 環境要素の変化・類型マトリックス

環境要素の変化

類型及び重要な環境

大気環境

水環境

土壌環境他

生物群集

その他

大気汚染物質の発生

騒音の発生

振動の発生

微気象の変化

水の濁りの発生

水量の変化

水位の低下

地形の変化

表層の浸食と土壌の流出

土砂の流入と堆積

土壌の乾燥化

植生の変化

森林と草地の消失と減少

生息場所の分断

生物種の死滅と逃避

移入種等の侵入

日照量の増加

夜間の光条件の変化

常緑広葉樹林

落葉広葉樹林

スギ・ヒノキ林

水田・湿原

草地・畑地

放棄水田雑草群落

4)環境基盤と生息生物

ホタルの生息地の基盤環境と生物群集
図4.ホタルの生息地の基盤環境と生物群集

表4. 主要な生物種・群集表

類型区分

相観

植生

植物

哺乳類

鳥類

爬虫類・両生類

魚類

昆虫類

その他

落葉広葉樹林

落葉広葉樹林

クヌギ−コナラ群集

コナラ、クヌギ、クリ、ヤマザクラ、ヤマコウバシ、ヒメウズ,ニリンソウ、キンラン、ササバギンラン、フタリシズカ、

ヒミズ、ノウサギ、ニホンリス、ムササビ、アカネズミ、ヒメネズミ、タヌキ、イタチ

コジュケイ、キジバト、アオゲラ、コゲラ、ヒヨドリ、エナガ、ヤマガラ、シジュウカラ、メジロ、カケス

ジムグリ

ヒグラシ、クロナガオサムシ、アオバセセリ、オオムラサキ、イチモンジチョウ、コシロシタバ

竹林

竹林(モウソウチク・マダケなど)

モウソウチク、マダケ、シュロ、チャノキ、シロダモ、ヤブガラシ、ミツバアケビ

オナガ

ゴイシシジミ、ベニカミキリ

低木林(乾性)

伐跡群落

アカメガシワ、ミズキ、ヤマグワ、ニワトコ、ハゼ、ケヤキ、ムクノキ、アズマネザサ、カラスザンショウ、イヌビワ

モズ、ウグイス、ジョウビタキ、ホオジロ

訪花性昆虫類

スギ・ヒノキ植林

常緑針葉樹植林

スギ・ヒノキ林

スギ、ヒノキ、アオキ、シロダモ、アラカシ、リョウメンシダ、イズセンリョウ、コバノカナワラビ、ミヤマカンスゲ、イワガネソウ

ヒミズ、ノウサギ、ニホンリス、ムササビ、アカネズミ、ヒメネズミ、タヌキ、イタチ、アブラコウモリ

アオジ、カケス

畑地

果樹園他

落葉果樹園

ジョウビタキ

苗圃

クワ

クワカミキリ、キボシカミキリ

水田

落葉広葉樹林

ハンノキ群落

ハンノキ、ミゾソバ、ヨシ、セリ、ハンゲショウ、イボタノキ、ヨシ、カサスゲ

アブラコウモリ、カヤネズミ、タヌキ、イタチ

コサギ、セグロセキレイ

低木林(湿性)

メダケ群落

メダケ

草地(湿性)

放棄水田雑草群落

ヨシ、ミゾソバ、チゴザサ、セリ、ガマ、イ、タコノアシ、チョウジタデ、コブナグサ、チゴザサ、アシボソ

ヤマカガシ、クサガメ、トウキョウサンショウウオ、シュレーゲルアオガエル

ホトケドジョウ、ドジョウ、メダカ

アオゴミムシなどの地表性甲虫類、ゲンゴロウ類・ミズカマキリなどの水生昆虫類

水田雑草群落

キカシグサ、アゼトウガラシ、ウリクサ、トキンソウ、ウリカワ、オモダカ,ヒデリコ、ウキクサ、イチョウウキゴケ、オオアカウキクサ、タガラシ、スズメノテッポウ、タネツケバナ、ムツオレグサ

オオシオカラトンボ、オニヤンマ、ヘイケボタル

ミズオオバコ群落

ミズオオバコ、ヒルムシロ

イトトンボ類、ゲンゴロウ類

カサスゲ群落

カサスゲ、ハンゲショウ、アオミズ、クサヨシ、ミゾソバ

オオネクイハムシ

水域

小川

ヒシ、ヒルムシロ、ミズオオバコ、ミズヒキモ、クロモ、マツモ

ホトケドジョウ、メダカ

水生昆虫類、オニヤンマ、ゲンジボタル

ヌカエビ、アメリカザリガニ


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