ホタル百科事典/ホタルに関する調査研究レポート
昨今、水田稲作で注目を浴びている方法に「不耕起栽培」があります。不耕起栽培とは,その名のとおり稲刈り後もまったく田を耕さない農法のことです。牛や馬による鋤、トラクター等による田起こしは一切しないで、前年の稲の切り株や雑草の生えている固い土に苗を植えます。稲作の歴史の中で、現在のように何度も深く耕すということが行われるようになったのは、農業に牛や特に馬が多く使われるようになってからのことで、明治時代頃からのようです。それらの家畜を盛んに使うようになる前は、不耕起栽培のように耕さない稲作農業がごく普通に行われていたようです。
元来、不耕起栽培は田起こしなどの農作業の省力化が注目されていましたが、しかし近年では、不耕起栽培は「冬期湛水」で間断湛水しないため、水の節約はもちろん、化学肥料や農薬により汚染・富栄養化した水を河川に多量に放出せず、代かき後の酸素量の低い泥水を流すことがない上、放水の際は藻類により酸素を多量に含んだきれいな水が放出されるため、鳥や昆虫など多種多様な生物が集まることが報告され、かつての水田にあった生態系を取り戻す試みとしても注目されています。 水田の中の生物多様性は、稲作農法と大きな関連があります。生態系を特徴付ける「二次的自然」は、稲作農業とのかかわりが大きいため、以下の農業環境の変化が生態系に影響を及ぼしています。
不耕起栽培の場合、稲自身が自分の根で土を耕します。機械化に適合させた稚苗密植をおこなわず、昔の水苗代方式で成苗を作り粗植するため、イネが病気や害虫に強くなり、農薬に依存しなくても健全な稲が生長します。耕さない固い水田に苗を植えると、稲が根をはれないのではないかとよく思われがちですが、不耕起の水田では、去年、一昨年の根が土を耕しているのです。その根穴を通って酸素や栄養分が稲の根に届きます。不耕起を続けると、水田の土はどんどん柔らかくなるのです。さらに耕さないということがイネの野性の力だけでなく、水の生命を育む力も引き出しています。
冬の間に水田を耕したり、また代かきをしないと、土の中の微生物や種子、胞子、卵、幼虫などは、春になると成長を始めます。不耕起栽培は、この生物の恵みの中で稲を野生化させ、農薬や肥料に頼ることのない農法です。現在の慣行農法では、古株やワラを土の中にすき込み、土中での急速な分解によるメタンガスの発生が水田生物の生態系に影響を与えますが不耕起栽培では、ワラは水中でゆっくり分解し、このワラをもとにたくさんの藻類が発生し、水田の微小生物や小動物の繁殖の場となります。例えば、サヤミドロという藻類は、不耕起栽培を開始して数年もすると毎年厚さ数センチの状態でイネ株の間を埋め尽くすようになります。その量は数トンにもなります。この藻類が不耕起水田の莫大な生命量を支える酸素の供給源となっています。水田の溶存酸素量は、水田の生き物たちの生命量を決め、豊かな生物相の指標になるものです。不耕起水田では、藻類が種の多様性だけでなく生命量を司り、多くの生物の命を育んでいます。大量に繁殖するイトミミズは、糞を水田の表面に排泄します。不耕起栽培の特徴である冬季湛水によって、この層は数センチにもなります。イトミミズの数は10a当り220万匹の単位で糞を撒き散らし、それが雑草の発芽を抑え、稲の肥料になり、稲の初期生育に貢献します。結実後半の実肥え、穂肥えの時期にもイトミミズが働くことで、追肥の必要がなくなります。例えば、秋に米ぬか(100キロ/10a)をイトミミズの餌として投与すると、春には地表面の
EC値が0.12程度の肥効を示します。肥料は、主として米ぬか、油かすなどを用いますが、栽培の初期には化学肥料も使います。化学肥料でも硫黄を成分とするものは自然生態系を良好にするのに欠くことができません。つまり、食物連鎖のスタートである、イトミミズ、ミジンコ等の大量発生に欠くことが出来ないからです。
水田を主な生息場所とするヘイケボタルの生息環境保全にとっても、この不耕起栽培が大きな効果をあげることが期待できます。不耕起栽培は、人々の稲作作業の手間を省き、稲自身も強くなりそして美味しいお米が収穫できるだけでなく、生物学的に見ても豊かで多様な生態系を形成する農法であると言えます。年を経るにつれて生物の種類は増え多様化していきます。「減農薬が環境保全型とすれば、不耕起は環境創出型の農法」と位置づけられます。
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