ホタル百科事典/里山の谷戸
まず、「 里山 」 というものはどういう所なのでしょうか。標高200メートルほどの丘陵の列が幾筋も延びていて、その間の平地には水田地帯が広がり、中小の河川が流れ、丘陵のすそには湧き水などの力でできた狭い谷が数多く存在する、というように丘陵と水田が複雑に入り組んでいる地形が「里山」の特徴です。また、これらの地形は「谷戸」または「谷津」などと呼ばれており、そこに作られている水田を「谷戸田」または「谷津田」といいます。
谷戸田は、雛壇のような何枚かの水田から出来ており、全体の形は谷にそっているために細長く、穏やかに折れ曲がって延びています。谷の上流に行くに従って水田は小さくなり、枝分かれしています。谷戸田は、谷の最奥部に水の湧水口をもち、この水を水源として利用しています。谷戸田は、上から下の田へ水を流して灌漑する、いわゆる「田越し灌漑」によって水が供給されますが、水量の多い場所では、田の脇に溝(小川)が掘ってある場合があります。この小川が用水路となっていて、そこから田へ水を引き、また小川へもどす灌漑方法もとられています。
小川は、河川につながっていますので、ドジョウやメダカなどが水田まで入ってくることができます。また、こうした水田では、水を落としきることができませんので、冬でも水がたまった湿田であり、冬でもドジョウやメダカは生きることができます。
山地や丘陵地で水源部に山を抱えている谷戸田では、夏になっても水涸れしませんが、台地を水源部とする小さな谷戸田では、日照りが続きますと湧水が枯れることがしばしばあります。このような場所では、湧水の噴き出し口を中心とした範囲に二次林を仕立てています。
二次林は、コナラ、クヌギなどの落葉広葉樹からなる雑木林で、水源涵養としての役割を担っています。また湧水が冷たい場所では、水田の最上部に「温水ため池」を設けています。ため池のよる水温を上げる工夫は、稲とともにホタルの生育も助けていました。
里山の自然環境は、こうした谷戸田と雑木林とが1セットになって成り立っており、数多くの生物が生息する場所となっています。この里山環境の小川にゲンジボタルが、水田にヘイケボタルが生息しています。
東京におけるゲンジボタルの生息地の環境で、「里山の谷戸」の代表とも言える地区が下の写真のA地区です。ここは上記のような「里山」の典型的な地区で、古墳時代から水田があり、稲作が行われていました。三方を落葉広葉樹の山で囲まれ、大小合わせて6つの沢から清水が湧き出ています。それらがまとまり小川となって流れます。丘陵内の小河川のため、流域内の高低差は165mで、源流は丘陵の西端にあり、流路はそこから南東方向へ走っています。中流域は河床縦断購買が小さく、川幅50〜100センチで、水深5〜15センチ程で、現在は休耕田である谷戸田の中心を流れています。しばしば草刈りや堀りざらいなどがされるために開けていて川底まで光りが差し込みます。全体的に流れは速く、川底には細かい砂利が多く見られます。しかし、ところどころ他より深く、流れも穏やかな小さな淵もあります。この小川は、やがて1つになり秋川に流れて行きます。谷戸田の中央を砂利道の農道が通っていますが、街頭などの明かりは、1つもありません。このような里山環境は、おそらく東京唯一の場所であるといえます。
写真 ゲンジボタル生息地 A地区
この里山には、ゲンジボタルをはじめヘイケボタル、オバボタル、クロマドボタル、ムネクリイロボタル等のホタル類の他、トウキョウサンショウウオ、シュレ−ゲルアオガエル等の両生類、オオムラサキや多くのトンボ類(ヤマサナエ、コサナエ、クロイトトンボ、モートンイトトンボ、クロスジギンヤンマ、ミルンヤンマ、マルタンヤンマ、ヤブヤンマ、カタネトンボ)が生息しています。
特にゲンジボタルにおいては、前胸部の十字の模様がひじょうにはっきりとしており、染色体が安定している「原種」が生息しています。山に囲まれているために、外部のホタルが混入することなく、また狭い分だけ地域の特殊性によって純粋種が生きていると考えられます。1991年(平成3年)には、1000匹を越えるホタルが舞っていました。昔は、クリスマスツリーのように周囲の樹木が輝いていたそうですが、現在ではかなり数が減ってきています。
現在、東京からこれら「里山」はほとんど姿を消しています。また、物理的環境は「里山」であっても、水田は休耕田で雑木林は放棄しているという状態の(本来の里山の機能を果たしていない)場所がとても多くなっています。
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