ホタル百科事典/ホタルの生態2-3.
ゲンジボタルの卵はやや楕円形をしていて、長い方の直径がおよそ0,55ミリで短い方の直径がおよそ0,5ミリです。産み付けられた直後の卵は、少しつぶれていたり、ゆがんだ形のものもありますが、時間がたつにつれて外殻のキチン質がだんだんと堅くなって、形のよい楕円形になります。
ただし、よく観察しますと卵には少し大きいものと少し小さいものがあります。これは、メスのゲンジボタルが産卵した時期とその時期の気温に関係しているようです。発生初期のまだ気温の低い時期では卵は大きく、発生終期の気温の高い時期では卵は小さくなります。また1匹のメスのホタルにおいてもこの傾向が見られます。1匹のメスは数日かけて産卵しますが、最初に産んだ卵は大きく、日数が後になるにつれて小さくなる傾向があります。そして大きな卵は低めの温度で孵化(ふ化)率がよく、小さな卵は高めの温度で孵化率がよいという傾向があります。(自然界での孵化率を調査することは困難ですが、飼育下では、約90%以上孵化しています。)
卵は、7月上旬から7月下旬にかけての梅雨時の最も湿度が高い時期で、川岸の水面に近い日の当たらないコケに生みつけられていますので、常にある程度の湿度で保たれているといって良いでしょう。しかし、卵は乾燥に弱いわけではありません。例えその場所のコケが乾ききってしまっても死んでしまうようなことはありません。以前、仙台のホタル研究家・浅田義邦先生より、ゲンジボタルの卵をいただいた時は、乾燥させた卵入りの封筒が郵便で送られてきました。そしてすぐに自然の状態に戻してやると、やがて元気に孵化してきます。卵は産卵後8日くらいたつと少し白く濁ったような感じになり、だんだん堅くなってきます。さらに7日くらいたつと、内部に黒い点がいくつも現れて、殻を通して見えるようになります。日がたつにつれて、この黒い模様は濃くなってきて卵全体が黒ずんできます。この頃になると、卵の内部にゲンジボタルの幼虫が殻を通して観察できます。
コケに産み落とされた卵
卵は1つ1つ単独ではなく、いくつかまとまって産卵することが多い。また、ハイゴケの葉に包まれる様に産卵しているものもある。
産卵後約20日になると、卵の殻を通してエンブリオが確認できる。
ホタルの卵は成虫の体内にある間にすでに発光しているといわれていますが、その光は産み落とされたばかりの頃は、暗闇の中でやっと見える程度の明るさです。成虫のように点滅するのではなく、昼間も夜も光り続けています。そして、日がたつにつれて少しずつ強い光りになっていきます。孵化の数日前になると、その光りはさらに強くなり、殻を通して中の幼虫の尾端の2つの発光器を確認することができます。この時期では、何かの刺激を受けると一気に強く発光します。
孵化は産卵後平均25日くらいで始まりますが、日数は平均気温によって異なる様で、高い気温の方が日数が短くなります。孵化までの発育期間と気温との間には、「有効積算温度の一定」という法則が成り立っています。
卵の発育零点 9.3℃ 有効積算温度 357.4℃日 であることが実験で解っています。(遊麿)
気温 T℃ 発育日数 D日 とするとその間には、
(T−9.3)℃×D日=357.4℃日
という式が成り立ちます。気温20℃では、およそ孵化まで33日かかるということになります。
孵化は午前1時頃から始まり、午前3時から午前4時頃がピークになります。日中はほとんど孵化はしません。一カ所のコケから毎晩孵化行われますが、孵化する数はしだいに減ってきます。孵化する数が最も多いのは、最初が孵化してから2〜3日後です。
孵化する時、卵の中の幼虫は体をぐるぐる回し、頭部で卵殻を突き破って出てきます。孵化したばかりの幼虫は1.5mmで淡色ですが、時間の経過とともに背板が灰色に変化します。そして速やかに水中へと入っていきます。水中へ入る時は、コケの上で体をそらして、その反動を利用して水めがけてジャンプします。
ゲンジボタルの産卵は必ず水中へ落下する場所に行われますが、例えば孵化してもすぐに水中に入れない場合はどうなるのでしょうか。人工飼育で経験したことがありますが、孵化した幼虫はその場所が斜面であれば斜面の下の方に向かって歩き出します。分速は3〜4cmで10分くらいたっても水中にたどり着けないと、その場で力つきて死んでしまいます。また、その場所が平らである場合は、どこにも行くことが出来ずに死んでしまいます。
ゲンジボタルの幼虫は、水面に落下すると体をもがき、ある個体は水中へと入っていきますが、ある個体は、丸くなったまま水面に浮いています。また、水中に潜った幼虫も再び丸くなって水面に浮いてくるものもいます。これは、落下した場所が幼虫にとって不適切な場合に見られます。特に飼育下で水温が高かったり、溶存酸素量が少ない場合に頻繁に見られます。自然界では浮いて丸くなることにより、別の場所へ流されます。生まれながらの防衛本能と言えます。また、水底に砂利などが存在すれば幼虫は分散し、おのおの石の下などに潜り込みますが、飼育において底に何も入れない場合、幼虫は沢山集まり絡み合い1つのコロニーを形成します。これは、幼虫が背光的である上に生息場所が見つからないためにコロニーを形成すると考えられます。
グラフ.孵化数と孵化時間
孵化したばかりのゲンジボタルの1齢幼虫