ホタル百科事典/ホタルに関する調査研究レポート

東京にそだつホタル

ホタルの発生時期(初見日)に関する考察

早まるホタル「初見日」に対する温暖化の影響について

  ホタルの発生時期が年々早まっていると言われている。ホタルが光を発する姿が初めて確認される日を「初見日」というが、これが年々早まっている傾向にあると言われている。気象庁によると、2008年は熊本で5月6日に飛び始めた。平年より6日、昨年より8日早い。また、甲府は5月22日、金沢は6月1日で、これらも平年よりともに16日早い発生となっており、米子(5月27日)では、観測史上最も早かった。成虫の発生時期だけでなく、幼虫の上陸時期も早まっている傾向にあると言う。千葉県夷隅市では、この20年で上陸と発生共に10日前後早くなっているという。温暖化の影響が懸念されるが、実際のところは、どうなのだろうか。

サクラ開花の経年変化

  東京をはじめ、大阪、京都では、平均気温がここ50年間で0.61℃〜1.17℃の統計的に有意な上昇傾向にあり、それに伴いサクラ(ソメイヨシノ)の開花が早まったり、モミジの紅葉が遅くなったりしている。植物(植物季節現象)においては、気温と密接な関係がある。全国を平均したサクラ開花は、50年間で4.2日早くなっている。この傾向は北日本・東日本・西日本・南西諸島の地域ごとにみても同様であり、地域による大きな違いはない。サクラの場合、開花と密接な関係にある気象要素は開花前の気温であって、その他の気象要素とは密接な関係がないことが明らかになっている。

サクラ開花の変化傾向
グラフ1.サクラ開花の変化傾向/気象庁

  近年では、地理的要素と開花日の関係についても研究(中原,1940)されている。ホプキンス(A.D.Hopkins)によって考案された、生物季節現象の平均的な分布を緯度φ、経度λ、海抜高度h (1OOm) の3つの要素を含む多項式によって表す「生物季節の法則 Bioclimatic Law」を日本のソメイヨシノについて求めた研究で、次式のような結果を得ている。yは3月1日を1とした開花日である。
y=3.88+5.726(φ-35°)-0.162(λ-135°)+1.606h
これにより、日本では緯度1増すごとに5〜6日、海抜高度100m増すに従い1〜2日開花が退れ、経度はほとんど影響しないとしている。また,ソメイヨシノ分布の南北限の両地方近傍では、著しく開花期の年による変動が見られることに言及している。

ホタル前線

  植物や動物の状態が季節によって変化する現象を生物季節現象と言い、その現象の観測を「生物季節観測」と言う。気象庁では、生物に及ぼす気象の影響を知るとともに、その観測結果から季節の遅れ進みや、気候の違いなど総合的な気象状況の推移を知ることを目的に、全国約98か所の気象官署で、サクラの開花・満開、ウメの開花、カエデの紅葉、ウグイスの初鳴、モンシロチョウの初見などの生物季節現象を観測しており、その1つとしてホタルの初見日も調査し発表している。各地の1971年から2000年の初見日データの平均値を求め、等期日線図にすると下図のようになる。これが、いわゆるホタル前線といわれるもので、ホタルの発生は九州から始まり、徐々に北上していく。

ホタル初見日の等期日線図
図1.ホタル初見日の等期日線図(1971〜2000年 平均値)/気象庁

  ホタルの発生時期が北上していくということは、ホタルの発生に気温が関係していると考えられるが、ホタル初見日の等期日線図は、あくまで約30年間の平均値であって、今年の発生がこの数値から早い、あるいは遅いということからだけでは、ホタルの発生に及ぼす気象の影響を導き出すことはできない。

ホタル初見日の累年変化

ホタル初見日に温暖化の影響は見られない

  全国各地のホタル初見日の累年推移をグラフに表すと以下のようになる。これは、気象庁の生物季節観測累年表(ホタル)1953年〜2007年のデータから71箇所を地方別に分類し作成した。気象庁の観測は、できるだけ同じ場所で、できるだけ自然の状態におかれている生物を対象に行われており、ホタルの場合では自然繁殖地において観測されているようだが、対象はゲンジボタルとヘイケボタルなどの区別はされていない。

ホタル初見日の累年推移(北東北)
ホタル初見日の累年推移(南東北)
ホタル初見日の累年推移(上信越)
ホタル初見日の累年推移(関東)
ホタル初見日の累年推移(近畿)
ホタル初見日の累年推移(関西〜中国)
ホタル初見日の累年推移(四国)
ホタル初見日の累年推移(九州)
グラフ2.ホタル初見日の累年変化/生物季節観測累年表(気象庁観測部計画課情報管理室)より作成

  このグラフから、まず先述のホタル前線と同様に南の地方に行くほど発生が早いことが解る。また、同じ地方でも同じ年に発生の時期が異なっていることが解る。更に、同じ場所であっても年によってかなりのばらつきがあり、最も早い年と最も遅い年では2〜3週間ほどの差が見られる。ただし、ゲンジボタルとヘイケボタルの区別がされていないことと、観測方法が明確でないことからデータの信憑性は薄い。しかしながら、50年の間で共通した統計的に有意な傾向は見られない。

  ホタルの場合では、発生時期を決定するものは、1つは発生前(前蛹期間)の気温(地温)である。前蛹の成長速度は温度によって決定されており、温度が高くなれば比例して前蛹期が短くなる(発育零点8.02℃、有効積算温度408.4日度)。2つ目は、上陸時期である。幼虫の上陸時期の決定に際しては、水温、気温、日長時間、降雨など多くの気象要素が影響しており、これらは、同地域内でも生息地の地理的状況や物理的環境によっても異なってくる。ホタル幼虫の上陸条件は以下の通りである。

  各年や生息地によるばらつきは、上陸時期と前蛹期間の気温の相違によるものである。上陸時期になっても雨が降らなければ上陸は遅くなり、また上陸後に気温(地温)が低ければ蛹化が遅くなり発生時期も遅くなるから、その年のホタルの発生が気象庁発表のホタル初見日の平年値よりも10日くらい前後しても、異常気象が原因とは断定できない。

東京都のゲジボタル生息地における初見日の累年変化

  東京都のゲジボタル生息地における気温の累年変化を見てみるとグラフ3になる。気温は上陸時期の4月から発生時期の6月までの3ヶ月間の各月平均気温の積算と各月の平年気温(1979年〜2000年の平均値)の積算を比較して、その差(平年差)をグラフにした。データは1980年から2008年の間であるが、1997年までは温暖化の影響と思われる緩やかな上昇傾向が見られる。しかしながら、1998年からは除々に平年気温に近づく下降傾向が2008年現在までみられる。

ゲジボタル生息地における気温の累年変化
グラフ3.東京都のゲジボタル生息地における気温の累年変化

  下のグラフ4は、著者が調査観察した東京都内の自然発生地におけるゲンジボタル初見日の累年変化傾向(1997年〜2008年)を表している。関東地方のホタル初見日平年値に対して何日早いか或いは遅いかを示しているが、9つの生息地ともに統計的に有意な傾向は見られない。毎年発生時期が異なっていたり、同じ年においても生息地によって発生時期に差が見られるが、これらは各年や生息地の気象条件の相違、つまり上陸時期の水温、気温、降雨等や前蛹期間の温度変化により上陸時期と前蛹期間が異なっているからであり、この程度のばらつきは「異常気象」を原因とする範囲ではないと言える。グラフ3の「気温の累年変化」と比較しても、ホタル初見日と気温については密接な関係がないことがわかる。

ホタル初見日の累年変化傾向
グラフ4.東京都内の自然発生地9箇所におけるゲンジボタル初見日の累年変化傾向(1997年〜2008年)

  グラフ5は、都内(青梅市)の生息地におけるゲンジボタル幼虫が上陸した初日の累年変化を示している。(1997年以降は、実際に観察した結果であるが、1996年以前はゲンジボタル幼虫の上陸条件と気象データを照らし合わせて算出した。)幼虫の上陸に関しても、ある一定の変化傾向は見られない。この上陸日とその後の気温(地温)によって羽化までの日数が決定され、その後地上に出て初見日となる。

ホタル幼虫上陸初日の累年変化傾向
グラフ5.東京都内の自然発生地(青梅地区)におけるゲンジボタル幼虫上陸初日の累年変化傾向(1976年〜2008年)

  以上のように、ホタルの自然繁殖地では、全国的に初見日が早まる累年変化傾向はみられず、発生時期のばらつきも「異常気象」を原因とする範囲ではない。よってホタルの発生は、経年ごとに気温が上昇傾向にある温暖化との関係はないと言える。ただし、前蛹期間は温度の影響を受けることから、上陸後においては温暖化の気温上昇が蛹化までの期間を短くし、発生を早めることはあるが、前年と同日に上陸し、更に毎日1℃ずつ温度が高いと仮定した場合でも、1週間程度前蛹期間が短くなる程度である。
  温暖化がホタルに与える影響としては、降雨パターンの変化(集中豪雨や雨不足)、里山雑木林の植生遷移の進行、生物多様性の変化など、生態系全体に及ぼすことの方が危惧される。

ホタル初見日とホタルの飼育養殖と放流の関係

早まるホタル初見日は、幼虫の飼育養殖と3月放流が原因

  ホタルは、なぜ毎年同じ時期にまとまって発生するのだろうか。ゲンジボタルの場合は、発生のピークが1週間で全体でもおおよそ3週間である。1つには、集中的に発生した方が子孫を残すには効率的であると言える。成虫は寿命も短い。(寿命が短いから発生が集中するようになったのか、集中するから寿命が短くなったのかは分からない)また、子孫を残すために、自然環境の物理的要因の季節的変化に上手く生活のリズムを適応させた結果であるとも言える。生物には季節適応機構があり、季節を判断している。ホタルの季節適応において重要な役割を果たしているのは日長であり、この環境要因によってホタル幼虫の成育や蛹化のための上陸は制御されていると思われる。日長は年による変動がなく(野外のさまざまな物理的環境は年周期で変化する)、季節を知る信号として最も信頼でき、昆虫は日長の変化がホルモン生成と分泌に影響して成長、あるいは変態すると言われている。(光周性 Photoperiodism)ホタルの場合、同じ日長時間でも東北と九州で発生日が違うが、これは上陸時期に関して気温が大きく関係しているからである。(水温は、生息地の物理的環境によって様々で、年間の変動が少ない場合も多くあり季節の判断は難しい。ただし、上陸時においては気温と水温の差が少ないことが1つの条件となる。)
  ホタルは、日長によって制御された生物時計(Biologcial Clock)によって、それぞれの生息場所において的確に季節(上陸時期)を判断し、気温・水温・降雨等の条件が合致した時に一斉に上陸し、上陸時期は、成虫が一番活動し易く、そして繁殖に結びつく時期に発生するようプログラムされていると考えられる。また、休眠する昆虫(ホタル科においても陸生種は休眠する)は、休眠によって発生時期(繁殖時期)を揃えることができるが、休眠しないゲンジボタルの場合は、蛹化のための上陸が発生時期を揃えるためのポイントとなっている。

  ただし、自然発生地において特異な地区がある。平成20年3月に国の特別天然記念物に指定された長野県「志賀高原石の湯」のゲンジボタルは、成虫の発生期間が極めて長い。6月上旬に発生し始め7月上・中旬頃にピークを迎える。しかしその後少数ではあるが8月下旬頃まで、年によっては10月末まで発生する。石の湯の岩倉沢川は日本一標高の高い(標高約1650m)ゲンジボタル発生地であるために気温が低く、そのため9月以降に羽化した成虫は活動が鈍く繁殖行動には向かない。しかしながら、川には岸辺から湧き出した温泉が入り込むため、水温や地温が年間を通じて高い。つまり、特殊な環境が幼虫の上陸期間を長くしており、気温に左右されずに羽化、そして発生していると考えられる。

  これまでのグラフからも分かるように、全国のホタルの自然繁殖地では、初見日が早まる累年変化傾向はみられない。また、平年より初見日が早いからといって温暖化が主要な原因になっているとも言えない。しかしながら、近年になって非常に多くの場所で早い時期にホタルが飛ぶ傾向が報告されている。東京都内においても、自然繁殖地の最も早く発生する場所の初見日平均が6月10日、最も遅い所では7月4日であるのに対し、初見日平均が5月28日という場所がある。こうした他より早く発生する場所では、年によるばらつきも少なく、一定して早い傾向にある。また、短期間にまとまって発生するのではなく、分散して発生する傾向や、9月や10月、ヘイケボタルに至っては11月に発生する場合も存在する。
  このような場所には1つの共通点が見られる。それは、幼虫を飼育養殖し、3月頃に大きく成長した幼虫を自然の河川や人工河川に放流しているということである。

  ホタルの飼育養殖と3月放流は、ホタルを戻す取り組みとして全国各地に広がり、実に多くの場所で行われている。各地のホタル保存会をはじめ、地方自治体、学校など様々な団体あるいは個人が行っており、この10年ほどでその数は膨大になってきている。飼育養殖は、まず成虫を種ホタルとして捕獲し、採卵する。孵化した幼虫は、管理された水質と十分に与えられるカワニナによって、自然界とは比べものにならないほど生存率があがり、成長スピードも速い。3月に放流される幼虫は十分に成熟した状態にある。これら幼虫を放流した場合、同一地域内の自然繁殖地の幼虫よりも上陸が早かったり、または遅かったりとまとまりのないことが多いのである。著者の飼育実験でも同様な結果を得ている。
  自然河川で育つホタルの幼虫と飼育養殖でそだつ幼虫には、環境に大きな違いがある。飼育養殖の環境は、放流される河川の環境とは気温や水温、水質、日長などがまったく異なっている。室内飼育では、日長時間は人間の生活時間に影響され、冬期でも長い場合があるし、温度も高い。つまり、3月に放流された幼虫の生物時計は、自然繁殖地の幼虫のリズムとは違っている可能性が考えられる。また幼虫の3月放流は、日長や温度の急激な変化により適切な上陸時期を判断できなくしている可能性もある。今後、更に多くの事象を検証する必要はあるが、ホタル幼虫の飼育養殖と3月放流が昨今の「早まるホタル初見日」等の原因の1つになっていることは十分に考えられる。

  飼育者の都合を優先し、生育に最適な条件だけを提供し負の要素は徹底的に排除したホタルの飼育養殖方法と3月放流は、ホタルの生態をも変えてしまう危険性があるのではないだろうか。ヘイケボタルでは、季節適応を人工的に操作することにより年間を通じて羽化させることができ、実際にそうした施設が存在する。著者の人工飼育でも11月下旬に羽化した経験がある。(ヘイケボタルの飼育と観察日誌 1976年
ホタルの飼育養殖や3月放流は、自然環境の保全にもホタルの保護にもつながらない。人々がホタルを見て楽しみたいという欲求を満たすだけである。ホタルの生態を人間がコントロールすることは、絶対にならないことである。ホタルの飼育は生態観察のためだけに行い、放流するならば1齢幼虫、遅くとも台風の増水被害の心配が去った頃までに行うべきである。

参考及び引用文献、資料

  1. 中原孫吉 (1940)桜の開花期の地理的分布に就いて. 気象集誌, 第二輯, 18, 236-238.;
  2. 異常気象レポート2005. 気象庁, 2.1.3 生物季節現象の変化
  3. 生物季節観測累年表(ホタル).気象庁観測部計画課情報管理室
  4. ホタルの発生と積算温度について.ホタルに関する調査研究レポート, 東京ゲンジボタル研究所
  5. ホタル幼虫の上陸と気象について.ホタルに関する調査研究レポート, 東京ゲンジボタル研究所
  6. ホタルの発生に及ぼす温暖化の影響について.ホタルに関する調査研究レポート, 東京ゲンジボタル研究所

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