ホタル百科事典/ホタルに関する調査研究レポート

東京にそだつホタル

ホタルの生態系と雑木林の役割について

雑木林とは

  辞書を引くと、『雑木』とは「木材としての用材にならない雑多な木」であり、『雑木林』とは「色々な木が混じって生えている林」と出ている。日本の林は、林学上の分類から

  1. 常緑針葉樹林
  2. 落葉広葉樹林
  3. 照葉樹林(常緑広葉樹林)
  4. 亜熱帯林

に分けられているが、一般的に「雑木林」とは、樹種では、東日本では主にクヌギやコナラ、エゴノキ、ヤマザクラなどの落葉広葉樹からなり、西日本では、これらに加えて常緑広葉樹のクスやカシからなる林を指している。また、原生自然林や人の手がほとんど入らない原生林に準じる林や、スギやヒノキ、カラマツなど、針葉樹を人工的に植えた林も雑木林とは呼ばない。雑木林とは、人々が樹木や落ち葉を燃料や堆肥として用いるために、いわゆる「里山」など、生活の場の周囲に人々の手によって育ててきた林を呼んでいる。

 雑木林の構造をみると、構成する樹木は縦方向に棲み分けをしており、4層構造となっている。一番高い高木層(樹冠)は、コナラやクヌギを主としてクリやヤマザクラが混じっている。樹冠は直射日光を葉に受け、他の木は葉の間から漏れる光を受けている。樹冠の中では、互いが縦横に枝を伸ばして優位に立とうと競い合っており、争いに負けた枝や木はやがて枯れ、勝者の木が大きく成長する。
 次の層は、ネジキやエゴが占め、その下をヤマツツジ、ウグイスカグラなどの低木が占めており、一番下の草本層は、シュンランやカタクリなどの林床植物が生えている。

植生遷移

  植物の群落は、人が手を加えない場合、通常数百年かけてゆっくりと変化し、カシ・シイなどの照葉樹を中心とした林へと至る。この現象は植生の遷移(センイ/Succession)と呼ばれる。図1は、関東以西における遷移のパターンの例を示したものであるが、まず、裸地に侵入するのは種子を広範囲に散布する草本植物である。その後、1、2年生の草本は、多年生の草本にとって代わられ、多年生の草本もコナラやクヌギ等の陽樹(落葉広葉樹)の成長が進むと太陽光を受けることができなくなり、植生遷移が進む。さらに、陽樹の成長が十分に進み、林床にササや下草が繁茂し、立木の密度が高まり樹冠が閉ざされると、今度は林床に落ちた陽樹の種子が発芽、成長できなくなり、そのような状況でも成長が可能なシイやカシなどの陰樹(照葉樹)にやがて遷移していく。そして、最終的にこれ以上遷移が進まない極相林(天然林)となる。

植生遷移
図1低地における植生遷移

  日本の極相林(天然林)は、

  1. 常緑針葉樹林
  2. 落葉広葉樹林
  3. 照葉樹林(常緑広葉樹林)
  4. 亜熱帯林

に分けられ、地域の気候条件(指数WI=煤it−5))や、地理的条件によってによって分布が決まっている。温暖帯では、シラカシ・アラカシを主とし、一部にスダジイが混生した常緑広葉樹林、寒冷帯ではモミなどの常緑針葉樹が優占生育する安定した森林になる。また、極相林は倒木によって生じる林冠ギャップがローテーションすることによって安定を保っている。世界遺産に指定された白神山地は、ブナの原生林としておよそ8000〜9000年前に極相になったと考えられている。

雑木林の放置

  雑木林は、コナラやクヌギ等の落葉広葉樹の段階で人間が手を加え続けることにより植生遷移を中断することによって維持されてきた。雑木林では、3〜5年おきに柴刈りが行われ、刈り取った柴は燃料として用いられた。また、薪や炭にするためのクヌギ等の立木の伐採は15〜20年を周期として行われたが、毎年少しづつ順番に伐採することにより、切り株からの萌芽によって更新されてきた。こうして、極相林への植生遷移が中断され、維持されてきたのである。
 雑木林は植生遷移段階でいえば中期.の段階であり、伐採により初期と中期を繰り返すが、人の手が入らなくなり放置されると遷移が進行し、林相が急速に変化しはじめる。いったん人が手を加えた後の遷移(二次遷移)はスピードが速い。林床や林縁での低木類、ササ類の密生化、若齢林や林冠ギャップの減少などが起こり、林床植物は生えてこなくなる。そうすると、これら林床植物を利用する昆虫は生息できなくなる。

  例えば、雑木林の林床植物を代表するものとしてフクジュソウやカタクリなどがあるが、これらは、春の日が高くなって林床に差し込み始めてから、落葉広葉樹の若葉が茂って日光を遮るまでの約一ヶ月の間に光合成をし、種子生産し、翌春まで休眠する。これら植物はスプリング・エフェメラル(Spring Ephemeral /「春のはかない命」)と呼ばれ、1年中暗い照葉樹林では生きることができない。同様に、早春の一時期だけ姿を見せるギフチョウやヒメギフチョウもスプリング・エフェメラルと呼ばれ、カンアオイやウスバサイシンなどの食性となる林床植物がなければ生息できない。
  また、雑木林は昆虫の宝庫であるが、萌芽更新されずに大木になったコナラやクヌギは、カミキリムシが産卵することもなく、また、樹液を出さなくなるためにカブトムシなども飛んでこなくなってしまう。
  生産者である植物がなくなれば、消費者である昆虫や動物も姿を消し、落ち葉や動物の遺体、糞が少なくなれば、分解者である土壌動物、微生物の種類や数も変わってしまう。つまり、物質の循環である生態系のシステムが崩れてしまうのである。
  雑木林は、絶滅危惧種も含む多様な生物相を持っているが、放置されることによって常緑広葉樹林へと遷移し、生息する生物の種類は急激に減ってしまう。関東地方では、日本の森林分布から照葉樹林(常緑広葉樹林)帯に属しており(暖かさの指数WI=煤it−5)約90〜120度・月)、雑木林が放置された場合は、タブノキ、シイノキ、ヒサカキ、アラカシなどの照葉樹林(常緑広葉樹林)になると予想される。

雑木林と土壌

  雑木林を構成する落葉広葉樹は、冬になると毎年葉を落とし、落ちた葉は土壌表面と土壌中で分解され腐葉土となり、更に、暗褐色ないし黒色の有機物が新しく合成される。この種の有機物の生成過程は、腐植化(作用)といわれている。

  地表面に堆積する有機物層は、

  1. 原形を保有する  L層(落葉落枝層)
  2. 黄褐色ないし褐色、繊維状で、植物組織がまだ識別できる程度に腐朽した F層
  3. 黒褐色で無定形の  H層

に大別され、腐植の量と質は、気候、母材、植物、地形、時間などの土壌生成因子に規制され、きわめて多様であり、腐食化には、土壌微生物や土壌動物が関わっている。

土壌微生物

土壌動物

  腐植は、土壌有機物が土壌微生物によって分解される際に、その含有する窒素、リン、カリウムなどが養分として植物に吸収利用される他、水分保持、イオン交換、pH変化に対する緩衝作用などに関わっている。また、土壌有機物を栄養源とする微生物が生産する多糖類は、粗しょうで多孔質の団粒を形成する。団粒構造は土壌の通気性、透水性、保水性を高め、高い水源涵養機能、保水機能を持つことにつながる。豊富な土壌有機物の存在と腐食速度の速い雑木林等では、降雨は、長い年月をかけて地下水となり、不純物が濾過されるとともに、窒素、リン、ミネラル、腐植物質などの栄養分が水に溶けこんだ湧水として谷戸田を潤すが、針葉樹林や広葉樹の少ない山林では、土壌有機物も少なく腐食も進まない。そのため、降雨は、僅かな時間で浄化されずにそのまま湧水となって出てくると言われている。

土壌有機物の区分(Kononova(1964)による)

A.新鮮および分解不十分な動植物遺

B.腐植

  1. 腐植物質:腐植酸、フルボ酸、ヒューミン
  2. 生物遺体の強度の分解物と微生物による再合成産物:蛋白質、炭水化物とその誘導体、ろう、樹脂、脂肪、タンニン質、リグニン質とその分解生成物

  昨今、土壌固有の生成物である腐食物質の1つであるフルボ酸が、河川や海の藻や植物プランクトンの成長に関与していることが、北海道大学水産学部の松永勝彦教授の研究で分かってきた。
 藻や植物プランクトンの成長には、窒素(硝酸塩)、リン酸(リン酸塩)、珪素(ケイ酸塩)、カリウムが必要であるが、特に、最も多く必要とする硝酸塩を取り込む時、物質から酸素をはがすという作業(還元)をしなければならない。植物プランクトンは、酸素をはがす時に還元酵素が必要で、還元酵素を活発に動かすためには鉄分が不可欠である。また、鉄分は光合成をする葉緑素(クロロフィル)の生合成にも不可欠な物質である。
 雑木林などに雨が降ると土中にある鉄は水に溶けイオン化するが、イオンのままでは酸素と触れると粒子になってしまい、植物プランクトンの生体膜を通過できない。しかし、腐食の進む環境では、鉄は腐食物質であるフルボ酸と結びついて「フルボ酸鉄」となる。このフルボ酸鉄は、結合が硬く、一度結合すると極めて安定しており、また、フルボ酸鉄は生体膜を通過できる大きさなので、植物プランクトンは鉄分を取りこむことができるのである。
 腐食は、陸上の植物にとって良い栄養素であるばかりか、河川や海にも鉄分を供給して藻や植物プランクトンの成長を促しており、腐食の程度により植物プランクトンの発生量は30〜100倍もの差があると言われている。

雑木林とホタル生息

  ホタルは水辺の存在であり、ホタルの再生には谷津田や小川環境の再生が不可欠であるが、「雑木林」も重要な働きを担っている。広大な山地を水源とした流れであるならば、一年中絶えることがないかも知れないが、周辺の雑木林を水源とした小さな谷津田においては、雑木林が流れの水量も水質にも大きく関係している。雑木林が長年放置放棄され、遷移の進んだ林になれば、雨量の少ない時期には流れは途絶えてしまう。また雨量の多い時期には、雨水が土中養分を含むことなくそのまま大量に流れ込むことになるのである。落葉広葉樹が占める雑木林であるならば、食物連鎖の底辺を支える栄養分豊かな安定した水質と水量が年間を通じて確保されるのである。

参考:熊田恭一(1985)による〔『粘土の事典』(1985)から、311-313p〕


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