以上を今回の飼育の目的とし、ゲンジボタルの飼育方法そのもの、或いはより多く飼育する(ゲンジボタルの大量養殖)方法を模索するものではない。
2002年6月20日許可を得て、ゲンジボタル種のボタルメス1匹を採集する。メスの居た場所から、すでに交尾後のものと思われるが、念のためオス3匹も採集する。
成虫の数が多ければ、もっと大きな採卵ゲージを使用するが、メスホタル1匹であることから、40cm×20cm×20cmのプラスチックケースを採卵ゲージとした。
産卵させるものは、ガーゼやスポンジやミズゴケでもよかったが、自然界と同じ生きたコケに、どのように産卵するのかを観察したかったので、数種類のコケを用意した。
コケは園芸店で購入した。盆栽を扱う店であれば入手は簡単であると思う。ただ、この緑色の生きたコケをその状態のまま維持するのは工夫が必要である。
ゲンジボタルが産卵するコケは、常に一定以上の湿度が必要なのでプラスチックケースは都合が良いと思う。底には、ピ−トモスを湿らせて敷き詰めた。ピ−トモスは保湿性があり、また強酸性で殺菌力があり雑菌の繁殖を防いでくれるので利用したが、好結果を得た。ただし、成虫のためにも毎朝1回霧吹きで水分を補給する必要がある。
採卵ゲージの片隅に小さなコップを置き、ヨモギを挿しておいた。昼間は、ホタルの成虫の隠れ家となる。
採卵ゲージが小さいために、ゲンジボタルの成虫はほとんど飛び回ることはできずに、あちこち歩き回っている。風通しも悪く、自然界とは違った環境のために、オスは常に弱く光りながら歩き回り、そして時折止まっては強く光るという行動をとっている。メスは、弱く光りっぱなしである。
2002年6月29日22時。産卵開始である。ヨモギの葉陰になるコケに産卵している。4cm×4cmくらいの範囲において、50個くらいのまとまりを数カ所に分けて産卵している。残念ながら、交尾は確認できなった。交尾を終えたメスが、どのくらいの期間後に産卵するのかは未だ未確認である。
2002年7月05日産卵開始から1週間後にメスが死亡。採集してからでは、およそ2週間生存していた。
最高気温25度以下で外敵なしの人工的なプラスチックケースの環境下でのことである。
ゲンジボタルの卵のついたコケごと、孵化用の装置に移動する。以前は、ホ−ロ−バットの中央にレンガを置き、その上に卵のついた水苔を載せ、水苔が常に濡れる程度に水を張ったものを孵化用の装置としたが、今回はじめて違う方式をとった。
100円ショップで30×20×10cmの塩化ビニール製のケース、いわゆるタッパを購入し、それに付属の編み目状の中敷きを斜めに立てかけた。それにゲンジボタルの卵のついたコケを載せ水を張った。このままでは、コケが乾燥してしまうので頻繁に霧吹きで散布したが、これでも乾燥が激しい。エアーポンプとエアーストーンで水を飛散させるようにした。
ゲンジボタルの卵のついたコケは、根が張っていて小さくできなかったことと、幼虫の孵化時に水平では水中にたどりつけないという経験があったからである。人工の装置ではあるが、自然界のそれに一番似ていると思う。
産卵されたゲンジボタルの卵は、コケの葉と葉の間に1個ずつ丁寧に産み付けられている。中には卵どうしが重なりあっているものもあるが、ほとんどが、コケの葉の間にしっかりと挟まれている。卵は孵化までの間に、雨や日照り乾燥など過酷な気象に見舞われる。それらをなるべくさける場所に産卵するのであるが、孵化までの間ずっと同じ環境であることはほとんどない。コケの葉の間に丁寧に産み落とすのは、これら環境の変化があっても、卵がその場から無くならないようにするためなのだろう。
1つ疑問が残る。卵は、ヨモギの葉陰になるコケに産卵されているのだが、ほぼ水平の場所でしかも水辺ではない。ちいさなプラスチックケースにコケを敷き詰めているので水辺など存在しないのである。自然界でも、もしかしたら同じことが起こり得るのではないだろうか。通常、産卵に適したコケは水辺に多く生えているが、必ずしも水辺でないところにも生えている。人工飼育では、コケでなくてもガーゼやスポンジにも産卵する。
ゲンジボタルのメスの産卵場所としての認識はどのようにおこなっているであろうか。自然界において、メスはどのようにして産卵場所を特定しているのか、今後の研究課題である。
他の昆虫で例えばトンボの仲間のアキアカネは、太陽などの光を反射する場所を水面と認識して産卵する。よく私の車のボンネットにも産卵してしまうのである。
ゲンジボタルの卵から幼虫が透けて見えるようになってきた。
このころになると、かなり強く発光する。これ以前の卵は、暗闇のなかで何となく光っているのかなという程度の非常に弱い発光であるが、幼虫が透けて見える頃では、肉眼ではっきりと確認できる発光である。しかし、カメラでフィルムに収めるとなると、約2時間以上も露光しないと写らない程度なのである。
ゲンジボタルの幼虫の孵化が開始した。今回の孵化用装置はなかなか良いと思う。コケそのものが斜めになっており、幼虫は迷わず水中で向かっている。更には底が網目状なので、なおさらである。久しぶりに見る孵化したばかりのホタルの幼虫は、やはり小さい。しかし、生きているのである。
2002年7月20日孵化が続いている。思った通り、水面に丸くなって浮いている。この環境が気に入らない証拠である。
2002年7月21日ゲンジボタルの幼虫飼育装置に移動。
これまで様々な装置・水槽でホタルを飼育してきたが、若齢幼虫はいつもホ−ロ−バットや水盤など浅いものに砂や小石を敷いて用いてきた。水は循環させることはなく、弱くエア−レ−ションするのみで3齢まで飼育していた。しかし、今回は始めて1齢幼虫より2層循環式装置での飼育を試みた。実際に幼虫を飼育する容器は、水かさを浅くした方が良い結果が得られることは経験から知っていた。しかし、このままであれば、水量が少なく夏場の水温上昇も激しい。また、水質汚濁も早い。2層循環式にすることにより、水量はかなりの量を確保できるために上記の問題は解決できる。さらには、濾過機能とわずかながらの流れも生じる。装置そのものは、塩化ビニール製の容器で加工も容易で安価である。この装置で上陸間際まで飼育できるであろう。
底に川砂を敷き、小石が重なるように配置した容器に、孵化したおよそ300匹の1齢幼虫を放した。
連日の猛暑でありながら、水温は30度を超えることはない。装置の置き場所は、ベランダに面したリビングの窓際。午前中のわずかな時間に薄日が差し、あとは日陰であるが、装置の上部には段ボールで覆っている。昔、ゲンジボタルの飼育では、生息地の水温と同じように25度を超えてはならないと思っていたが、勿論、それに越したことはないが、実際は30度を大幅に超えなければそれほど問題はないようである。水質についても同様で、浄水器を通した水道水で十分である。ただし、1日おきに1/3ほど水の交換を行っている。スポンジ製の濾過装置1個を利用しているが、大型の濾過装置で濾材も工夫すれば、水換えの頻度は減らすことができる。
2002年8月05日ゲンジボタルの飼育において何より問題なのが、餌のカワニナの確保である。この問題に関しては、飼育者の多くが頭を悩ますことである。
カワニナも当然のことながら、最初はカワニナ生息地から採集してこなければならない。しかし、ゲンジボタルも生息している場所からの採集は避けるのは言うまでもない。そして、採集したカワニナは、飼育・養殖によって一定量を確保するべきである。
光りながらカワニナを食うゲンジボタルの幼虫。
ゲンジボタルの人工飼育においてよく行う方法であるが、小さめのカワニナの殻を少し砕いて与えると、1齢幼虫は10匹〜20匹の集団で食らいつく。午前1時に観察してみると、20匹の幼虫が一斉の弱く発光しながらカワニナに食らいついていた。この光景は、始めて観察した。
ここ数日、初秋を思わせる気候で、最高気温も25度前後のさわやかな日々である。
孵化からおよそ一ヶ月経ったが、幼虫は体長で約2倍、2齢幼虫になっている。いまだ1齢のままのものもいる。これからしばらくは、あまり変化のない観察結果であろう。
一段落といったところである。
飼育装置の底には、川砂と小石さして備長炭の小さいもの(3個)を敷いているが
ゲンジボタルの幼虫は、小石の下よりも備長炭の下に、しかも炭にへばりついているものが多い。というよりほとんどの幼虫がそうである。備長炭は黒いためにその下に多く集まるものと思われる。1cm弱の幼虫(推定3齢)が1匹いた。
今日は、高尾山へハイキングに出かけたが、源流部に近い渓流の淵でヤゴを見つけた。写真には撮影しなかったが、形はギンヤンマのヤゴに似ており、色は褐色、体調2cmほどのヤゴである。一体何トンボ・ヤンマの幼虫だろうか。サラサヤンマ、もしくはミルンヤンマであろう。
ゲンジボタルの幼虫飼育装置について
昨今、全国でさまざまな方々がゲンジボタルの飼育を試み、成功されている。
その飼い方や方法も様々で、苦労そして工夫がみられる。
しかし、沢山のゲンジボタルの幼虫を無事に育て、しかも、生態を観察するのであれば、やはり生息地の環境に近い環境にするべきだと思う。といっても自然環境をそっくり人工的に真似ることは不可能である。大切なのは、我々が飼いやすいような装置を考えるのではなく、生息地の環境を簡素化するということではないだろうか。ゲンジボタルの幼虫の観察がしやすいようにと、底には砂を敷かず、しかも色の白いものを使っている方がいる。確かにこの方が、幼虫の姿は見やすく、姿が見えれば我々も安心する。しかし、これで本当の幼虫の行動が観察できるであろうか。また、水の流れの全くない水盤形式の飼育も同様である。幼虫は、ある程度の流れのあるところで、砂、小石、泥とともに生きているのである。幼虫の上陸にしてもそうである。ただ飼っているだけ、養殖できればいいということなら話は別だが、おそらく生存率も低いに違いないし、このような方法が広まり、大勢の安易な考えを持つ者が「ゲンジボタルの飼育に挑戦!」などと意気込むことに恐怖を感じる。
カワニナの脱走
カワニナ専用の飼育水槽では、カワニナは、底面の砂利の上や石の上をよく這っており、ガラスの壁面を登るものはそう多くはない。しかし、ホタルの飼育装置内のカワニナは、その8割以上が、壁面を登り水面すれすれのところにいるか、あるいは水面に裏返って漂っている。これは、ゲンジボタルの幼虫から避難するための行動であると思われている。それまで普通の行動していたカワニナ水槽の中にホタルの幼虫を放流すると、カワニナは、みな壁面を伝って逃げるのである。ゲンジボタルの幼虫の分泌物・臭いなどを関知すると思われるが、実際は明らかではない。
水質へのこだわり
熱帯魚の仲間に、王様と呼ばれるものがいる。バブル全盛時代には、つがいで50万円もしたブラジル・アマゾン原産の「ディスカス」である。かつてディスカスを飼育していたが、非常に水質に敏感な魚であった。アマゾン川の原種はもとより、人工交配作出種も同様である。魚自身も約20cmあるために水槽はペアのみの飼育で60cm四方のもの、数匹を混合で飼育する場合は、最低でも90cm×60cm×45cm水量は200リットル以上になる。水質は、水温25℃、弱酸性PH5.5〜6.0の軟水でなければならない。PHの急激な変化は許されない。軟水にするためにピ−トモスやイオン交換樹脂を必要とする。塩素は勿論、餌の食べ残しや糞の腐敗・分解で発生するアンモニア化合物も禁物である。またこれらは、PHを急激に低下させる。常に新鮮な水との交換や大型の濾過装置での濾過が必要になる。濾過とは、単にゴミを取り除くことではない。好気性バクテリアによるアンモニア化合物の無害化のことである。しかし、弱酸性下では好気性バクテリアの活動は鈍い。濾材には、好気性バクテリアが沢山住んでいなければならない。濾材の工夫も必要であ。
この魚は、雑菌にも弱い。濾過された水は水槽にもどる前に紫外線殺菌しなければならない。
そして、この水質が常に安定していなければ、ディスカスはすぐ調子が悪くなり病気になり死んでしまうのである。幼魚でも1匹5千円するであるから、死なないように努力する。非常に金と手間と根気のいる魚なのである。
これほど水質にこだわりをもって飼育しなければならないが、実はアマゾン川の水質を再現しているだけなのである。大きな環境下ではごく普通の状態を、200リットルの水槽で再現するとなると金と手間と根気が必要なのである。
それに比べてゲンジボタルの飼育はどうだろう。カワニナの飼育についてはどうだろう。
何故、孵化した数千匹の幼虫が水槽でみな成虫にならないのか。
1齢幼虫が1匹死ぬことに、気が付いているだろうか。
何故、カワニナの繁殖が思うように上手くいかないのか。
勉強不足で手を抜いているのではないだろうか。
ゲンジボタルの飼育は、決して簡単ではない。
今日で8月も終わる。残暑は厳しいものの秋の気配も漂う。水温も27℃前後を保っている。ゲンジボタルの幼虫の全生存数は明らかではないが、夜間に覗いてみるとカワニナに群がる大小さまざまな幼虫を確認できるし、うろうろとカワニナをもとめて歩き回るものもいる。脱皮殻も確認した。これまで試みたことのない新しい方法・装置での飼育は、思った以上に順調に思われる。
前 項[ゲンジボタル・ヘイケボタルの飼育と観察日誌(1977年その2)] / 次 項[ゲンジボタルの飼育と観察日誌(2002年9月)]
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