ホタル百科事典/ホタルに関する調査研究レポート

東京にそだつホタル

ホタルに及ぼす人工照明の影響(光害)とその対策

−光害についての考察−

光と色について

  光にはいろいろな色がある。この色の違いは「光の波長」で表し、単位はnm(ナノメートル)が使われている。
 例えば、太陽光をプリズムにあてると7色の虹を作ることができる。光の波長によって曲がる角度(屈折率)が異なるというプリズムの性質を利用したものである。このことから太陽光は全ての波長を持っていることが判る。光は全ての色が集まると白色になる。電球(白熱球)も太陽光に近い幅の波長の光を持っている。電球に青や赤色などの色ガラスを当てると、それぞれ青色・赤色の光をつくることができる。青色のガラスの場合は、青の波長以外の波長(色)を通さないため青く見え、赤色のガラスは赤の波長の光だけを通す。これは電球がもともと持っている色を色ガラスを使って取り出しているということである。発光ダイオード(LED)の場合は太陽光や電球と異なり、発光色が単色である。LEDの発光波長がそのまま発光色を表す。 LEDの場合は、おおよそだが青色が450nm 緑色が520nm 黄色が590nm 赤色が660nm というような波長に分けられる。
 光は人間に見えるものだけではなく、見えない光がある。人間が見える光の範囲を可視光といい、約380nmから780nmの波長の光をいう。これよりも波長が短くとも長くとも人間の目には見えない。380nmより短い波長のもの紫外光(紫外線)といい、780nmを超えるものを赤外光(赤外線)と呼んでいる。

光の波長(1nmは100万分の1mm)

波長(nm)

10〜380

380〜780

780〜1mm

色彩

紫外線

光スペクトル

赤外線

ホタルの発光色について

  ホタルが放つ光は、肉眼では黄色味を帯びた緑色に見える。回折格子を利用してホタルの光を分光すると、青色から赤色までの可視光を含んでいる。測光微光度計A型で発光スペクトルを調べた故神田左京氏によれば、おおよそ550nm前後を中心とした波長の光を含んでいるという結果を得ている。

ホタルの発光スペクトル

ゲンジボタル

486〜680nm

ヘイケボタル

500〜670nm

ヒメボタル

530〜660nm

  また、種類によって含まれている波長が少し違っている。(上表)これによりヘイケボタルの発光色はゲンジボタルよりも黄緑色に見え、ヒメボタルでは黄金色に見えるのである。

ホタルの視覚について

  昆虫の複眼は個眼が多数集まってできている。トンボで約30,000個、ハエで約4,000個の個眼がある。ホタルでは体の大きさに比べると大きく発達した複眼に思えるが、個眼は約2,500個とそれほど多くはない。しかしながら、夜行性であるホタルは、各個眼の角膜レンズの直径が大きく、また、1つの網膜に複数の個眼からの光が重複して集まるようになっており、夜の弱い光を何重にも集めて増幅しているのである。また、レンズ系と感ぼう全体が離れており、その間に色素細胞が並んでいる。この色素細胞は、明るくなるとカメラの絞りのような働きをして、明るさを調整して視細胞を保護している。一方、暗くなると色素細胞の色素顆粒が移動して端に集まるので、効率よく受光できるようになっている。
 ホタルの視力については明らかではないが、一般的に特に目がいいといわれているミツバチでさえ、人間の80分の1〜100分の1の視力しかない。60〜90センチメートルぐらいの範囲しかはっきりとは見えていないことになる。しかし、昆虫の複眼はそれぞれが独立して光を感じているので、動いているものは次々とその個眼に像を結ぶので、物の動きはよく分かるのである。

ホタルの色覚について

  複眼の構造やはたらきが細かく解明されてゆくなかで、色覚に関する研究も進んできている。ヒトの網膜には、青、緑、赤の受容細胞があるが、ミツバチの複眼には紫外線・青・緑の3種類の視細胞があって、これがミツバチの3原色系の基礎になっていることが突き止められている。昆虫は一般的に赤色は見えないとされてきたが、メスアカモンキアゲハの複眼には、紫外線・青・緑・赤の4種類の視細胞があり、ナミアゲハの複眼には、少なくとも5種類、紫外線・紫・青・緑・赤の受容細胞があることが分かっている。更には、照明光の波長を変えても色の見えは変化しない、いわゆる色恒常性を持っていることも分かっている。
 ホタルはどうであろうか。ホタルの網膜図について長崎大学三村氏、福岡大学富永氏、横浜市立大学江口教授らが複眼の受光感度を電気生理学的に調べたところ、紫外線の領域から赤色までの波長を満遍なく受容する能力が備わっていることが明らかにされた。

ホタルの発光スペクトルとホタルの複眼の分光感度曲線
グラフ.ゲンジボタルの発光スペクトルと複眼の分光感度曲線

  このホタルの複眼の分光感度曲線と発光スペクトルをグラフにすると、上のようにピークがほぼ一致している。(大場信義 1988.)ホタルの複眼が最も強く感受する波長は、上のグラフからも判るように、550nm前後である。つまり、仲間の光シグナルの色に適応した視覚を有し、コミュニケーションをはかっていると言える。
 この波長に近い色であれば、人口照明でも反応してしまう。例えば車のハザードランプに強く反応することは、よく知られている。(ハザードランプの場合は、色の他に点滅することがシグナルになっていると考えられる。)ある観察者が、ホタルに赤色の光を照射した場合は、ほとんど反応しなかったという結果を得ているが、どの波長の光かは定かではない。近赤外線の波長であれば、感受しない可能性もある。また、上述のように紫外線は感受する。これは、太陽光の紫外線によって昼間を知ると考えられている。

ホタルの光の明るさについて(光度・輝度)

  光の明るさは、カンデラ(candela)と呼ばれる「光度」で表す。カンデラは、ラテン語で "けものの油でつくったロウソク" という言葉に由来していて、英語でもろうそくはcandleという言葉になっている。ホタルの光の明るさを測定することはたいへん困難であるが、およそ1/500カンデラ(0.002cd)ほどしかないという報告もある。イギリスの生理学者ハ−ベイは、1匹のPyrophorusは0.0004cdほどであると報告している。また、北アメリカに生息するPhotinus pyralisは1/40カンデラ(0.025cd)という報告もある。ただし、これらは外国産のホタルを測定した古い結果である。実際は、日本のホタル(ゲンジボタル)の発光は、下記に示すように主に4つのパターンがあり、光の明るさに大きな違いがあるので、およそ参考の値であると思われる。
参考:燭光という単位も使われることがあるが、1948年に国際度量衡総会でカンデラと定義された。
1燭光はロウソク1本分の明るさを示し、1燭光=1カンデラ(candle)(cd)

照度について

  照度(Lux = ルクス)は、我々の生活の中で明るさを表す数値として一番馴染みの深い単位であるが、照度は、光源から物体に照射される光の量で示され、1m2当たりにどれだけの光束(ルーメン)が照射されているかを示す値である。点光源から発した光は、距離が2倍になると受ける面積が4倍になるので、照度は1/4となる。 従って発光体そのものの明るさは照度とは言わず、カンデラ(candela)という単位の 光度で表す。(ただし、矢島稔氏は一番強く発光したゲンジボタルは、3lux であったと報告している。他に、3cm離れたところで計測した場合 2lux という報告もある。この場合、30cm離れると受ける面積は100倍になるので、0.02lux (0.006cd)となる。)
参考:ルーメン(lumen)という単位は、光束(こうそく、luminous flux)と呼ばれるもので、空間に放射される光の量の単位

ホタルの発光活動について

  ホタルの発光にはいくつかのパターンがあり、以下の4つに分類できる。

同時明滅

オスにおける同じ周期で一斉に明滅を繰り返しながらの発光。

微光

休止中時に弱い光をわずかに明滅させているだけの発光。

刺激発光

休止中時や歩行時に受けた刺激による発光。

フラッシュ発光

メスとのコミュニケーション時の強い発光。

  日が暮れて発光を初めて開始するのはオスで、しかも微光であるが、しばらくすると準備運動のようにフラッシュ発光と同じ発光を繰り返すようになる。これらの発光が開始される時間は、おおよそ19時半から20時頃である。この時間は、生息場所によって違いがある。これは生息地の物理的環境による照度の違いに関係していると考えられる。1日の照度の変化を見てみると、自然界における照度範囲は、下のようにかなりの幅がある。

夏の晴れた日中(直射日光)

約  100,000 lux

日の入り直後

約  200 lux

月明かり

約  0.01〜0.2 lux

星明かり

約  0.001 lux

月の出ていない夜

約  0.0003 lux

  ホタルの発光を開始する時刻のある場所の照度をデジタル照度計で計測すると(7/7)日の入り直後の照度は、約 200 lux あり、ホタルが発光を開始した20時は、0.1 lux 以下である。
その他の場所でも、ほとんど0.1 lux 以下にならないと発光を始めない。発光しながら飛び回るのは、更に暗くなってからである。また、この時刻になればホタルが感受する紫外線もゼロとなっている。この暗さは、夜行性昆虫という複眼の構造と、周囲の明るさ及びホタルの発光の明るさのバランスから仲間の発光を感受できるようになる起点になっていると思われる。

19:00

200lux

19:30

5.8

19:40

1.0

19:50

0.3

20:00

0.1

20:30

0〜0.1

照度の時間毎の変化

6月下旬における1日の紫外線量の変化
6月下旬における1日の紫外線量の変化

  ホタルは満月の夜には発光や飛び回ることが極端に少なくなる。月の明るさとホタルの発光についての関係を考えてみると、月明かりは約  0.2 lux ある。この0.2 luxの月明かりを地面に反射した光度に換算すると 

B = K x E / π
B:光度(cd)
K:物体の反射係数(100%反射は1.0 、草木の反射率は約20%)
E:照度(ルクス) π:円周率(3.14159)

  照度と光度には上の関係式が成り立つことから、0.013cd/m 2  となる。ホタルの発光は、例えば0.002cd/m 2  とするならば、月明かりの反射光度はホタルの発光より明るいということになる。また、草木は緑色であるから、ホタルのもっともよく反応する波長に近い色が反射され、飛び回るホタルの雄は、発光する雌の発光を見分けることが多少とも困難になると思われる。そのために、特に満月の輝く夜においては、ホタルの発光活動が抑制されていると考えられる。

人口照明とホタルについて

  蛍光灯、白熱電球なども、月明かり同様にホタルが感受する波長を含んでおり、直射光はもちろん反射光でもホタルの発光活動を抑制してしまう。月明かりは0.2 luxしかないが、街灯などは何百luxもあり、夜間でも四六時中、しかもホタルから比較的至近距離で広範囲を照らしている。また、夜行性であるホタルは、明るければ複眼の色素細胞によってレンズが絞られるが、人工照明によって夜になっても明るければ、その明るさによってはいつまでもレンズは絞られたままかもしれない。更には、ホタルの体内時計は光によって抑制されることが判っている。一日中明るければ機能しなくなってしまう。つまり、発光はおろか、水をなめる行動以外は出来なくなってしまうのである。また、蛹になるために上陸する幼虫にも影響を及ぼし、0.1lxの人工照明でも上陸を阻害してしまう。もし、人口照明が生息地にあれば、致命的と言わざるを得ない。人工照明は「光害−ひかりがい」といわれ、ホタルの生息に大きな影響を与えてしまう。

  1. 成虫の飛翔及び発光活動の抑制→配偶行動及び産卵行動の阻害
  2. 幼虫の上陸行動の阻害
  3. 成虫の光コミュニケーションの撹乱・妨害

光害は、夜間に四六時中明かりを照らす街灯だけではない。鑑賞者が持ち込んでホタルに向けて照らす懐中電灯や車のハザードランプもホタルに悪影響を及ぼす。これらの行為は誘蛾灯に等しい。誘蛾灯とは、照明を使って昆虫を集め,捕獲して殺してしまう器材である。青色蛍光灯の前面に高圧電流を流した金属格子をめぐらせ,飛来した昆虫を放電して殺す「電撃殺虫機」や、青色蛍光灯の近くに粘着物質を塗布したシートやテープを設置して集まった昆虫をからめ取る「粘着式ライトトラップ」などいろいろなタイプのものが市販されている。ホタルを殺すことが目的ではないにしても、光コミュニケーションの撹乱・妨害には十分役立っている。 

ホタルの生息地

  上の写真は、ホタルの生息地を自動車のライトが四六時中照らしている様子である。人々の手には、懐中電灯が握られ、時折カメラのフラッシュが瞬く。人々はホタル鑑賞のために訪れるが、これらの行為による「光害」によってホタルが絶滅した場所は、全国的にたいへん多い。
 また一部では、懐中電灯に赤いセロハンをまけば影響がないという情報もあるが、先に述べたようにホタルは赤い色も感受しており、実際に実験したところ反応しているので、光害となる。ただし、路面上の照度が20lx以下の赤色照明では影響が少ないという実験データがある。(文献1.)

ホタル保護のための対策

  近年、ホタルの生息地内に街灯が取り付けられたり、車が頻繁に通るようになったということが多く聞かれる。また、ホタルを復活させる活動や新たなホタルの里づくりも多く見受けられるが、人工照明がホタルから見えないように、かつ生息地内に当たらない工夫をする必要がある。

高圧ナトリウム灯の波長グラフ
高圧ナトリウム灯の波長

などを行っている地域がある。照明は我々が生活する上で防犯上・安全上必要なものでもある。道路照明施設設置基準では、道路種別、周囲の明るさなどにより路面輝度が決められている。輝度を照度換算した数値を示せば、アスファルト舗装道路の路面照度は10lx、コンクリート舗装道路では、15lxが基準とされている。ホタルへの悪影響を無くし、かつ街灯の機能を果たす照明設備・方法は、ホタルの感受しない波長のランプを拡散しないように用いることしかないかも知れない。しかし、ホタルを優先するならば、明かりを消すか、出来れば撤去することが望ましい。基本的には、「人間が生活する場とホタルが生育する環境は、整合性を持たない。」と認識しなければ、ホタルは守れない。
 これらの問題が解決し、暗い環境が提供できたとしても、鑑賞者のマナーが悪ければ事態は変わらない。
人の視覚は、明るさに対して視覚順応のシステムが働く。0.001〜10万luxまで対応し、物の形状まで判別できる。しかし現在の人々は周りが見えないほどの暗さに出会うことがない。夜間でも歩行に際して最低限の明るさは親切にも提供されている。ゆえに「明」から「闇」に明るさのレベルが移行したときに、その場にいる人は歩くことが困難になり、立ち止まり、ストレスを感じることもあるだろう。
 谷崎潤一郎は「陰影礼賛」の中で日本の「光と影」、特に「薄暗い」という光の状態を多く語っている。『その薄暗い光線の中にうずくまって、ほんのり明るい障子の反射を受けながら瞑想に耽り、また窓外の庭の景色を眺める気持ちは、何とも言えない』と厠を語り、『日本の漆器の美しさは、そういうぼんやりした薄明かりの中に置いてこそ、初めて本当に発揮される』とかすかな明かりを賛美している。また、谷崎は『大きな建物の、奥の奥の部屋へ行くと、もう全く光の届かなくなった暗がりの中にある金襖や金屏風が、幾間を隔てた遠い遠い庭の明かりの穂先を捉えて、ぼうっと夢のように照り返しているのを見たことはないか』とさらに続ける。「薄暗い」空間では金箔は金と見えず、ほのかな光を受けて闇の中に不可思議に浮かんで見える壁として認識され、それは金のみによって得られる贅沢な演出になっている。
 かつての人々は、ホタルの光も暗さとの対比の中で楽しんでいたに違いない。我々は、もっと「暗さ」を認識し、その中での「美」を感じられるように感性を磨く必要があるかも知れない。

参考及び引用文献、資料

  1. 文献1.宮下衛/ゲンジホダル・ヘイケボタル幼虫に対するLED照明の影響/土木学会論文集G Vol.65 No.1,1-7,2009.2

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