ホタル百科事典/ホタルに関する調査研究レポート

東京にそだつホタル

カワニナの個体群動態とゲンジボタル生息との関係について

数理シミュレーションによるゲンジボタルの発生に対するカワニナの母集団に関する考察

カワニナの個体群動態モデル

  100匹のゲンジボタル成虫が発生するには、一体どのくらいのカワニナが生息していなければならないのだろうか。1匹のゲンジボタル幼虫が上陸するまでに25匹のカワニナを食べたという実験がある。(矢島.2001)つまり、100匹の成虫が発生するには2,500匹のカワニナが食べられるわけだが、当然、その数よりもはるかに多いカワニナが生息していなければ、カワニナは直ぐさま絶滅し、ゲンジボタルも生きていくことはできない。また、ゲンジボタル幼虫が多くのカワニナを捕食しても、カワニナはある程度の母集団を確保しながら存続しなければ、ゲンジボタルにおいても安定的な存続は不可能である。
  本レポートでは、保全生物学で用いられる個体群動態モデルを基にして、まずカワニナの生存率と繁殖率から個体群を把握した。次に、ゲンジボタル幼虫の個体群と組み合わせてコンピューター・シミュレーションによって計算し、捕食されるカワニナ数と母集団を算出した。

推移行列モデル

  1977年〜1978年と2002年〜2003年に行った人工飼育のデータを基に、カワニナの個体群動態モデルを構築した。生存率と繁殖率に基づきカワニナの生命表を以下のように区分した。

表1.カワニナの生命表

ステージ

生存率

繁殖率

稚貝

0.038

幼貝

0.081

成貝1

0.135

250

成貝2

0.180

600

成貝3

0.180

250

成貝4

100

パラメータの推定

  カワニナの生育段階に基づく推移行列モデル中のパラメータは、人工飼育のデータから算出した。推移行列の各行列要素の算出は、表1.の基準で分類し、雌雄比率は1:1、カワニナの寿命は6年とした。

表2.カワニナの推移確率

250

600

250

100

0.038

0.081

0.135

0.180

0.350

0.200

表3.パラメータの平均値と標準偏差

平均値

標準偏差

成貝1の生存率

0.135

0.050

成貝2の生存率

0.100

0.050

成貝3の生存率

0.200

0.050

  上記の推移行列の最大固有値(λ)=個体群増加率を計算すると、1.0117407 となり、一年間に1.2%という増加傾向にあり、数十年後には莫大な増殖数になってしまう。そこで、環境容量を 1,000,000 個体と仮定し、適当な初期値を与え、環境変動を台風の増水などにより影響を受けやすい成貝1〜3の生存率に組み入れて推移行列を計算した。その1例を示すとグラフ1のようになる。これは、ゲンジボタルの生息していない場所におけるカワニナの個体群動態を示している。

カワニナの個体群動態
グラフ1.カワニナの個体群動態(母集団)

ゲンジボタル生息地におけるカワニナの個体群動態

  次に、ゲンジボタル生息地におけるカワニナの個体群動態について考えてみる。まず、上記に示すカワニナの個体群動態モデルにゲンジボタル幼虫が捕食する分を稚貝と幼貝に対して組み入れた。方法としては、稚貝と幼貝の生存率を低下させることにしたが、ゲンジボタル幼虫がカワニナを捕食しても、カワニナを絶滅させることなくある一定の母集団の数を確保することを前提にした。自然河川においては、同一生息域内においてゲンジボタル幼虫の生息域はカワニナ生息域のごく一部分であり、カワニナを食べ尽くすことはないからである。コンピューター・シュミレーションの結果、稚貝と幼貝の生存率をそれぞれ0.001ポイントずつ下げることで適切な数値が得られた。グラフ1のカワニナの個体群動態に赤線で重ねてみると、グラフ2のようになる。

表4.ゲンジボタル生息地におけるカワニナの推移確率

250

600

250

100

0.037

0.080

0.135

0.180

0.350

0.200

表5.パラメータの平均値と標準偏差

平均値

標準偏差

成貝1の生存率

0.135

0.050

成貝2の生存率

0.100

0.050

成貝3の生存率

0.200

0.050

ゲンジボタル生息地におけるカワニナの個体群動態
グラフ2.ゲンジボタル生息地におけるカワニナの個体群動態(母集団)

  グラフ2の黒線Aは、カワニナの成貝1〜3のみ環境変動の影響を受け、赤線Bは更にカワニナの稚貝と幼貝がゲンジボタル幼虫に捕食されるという条件のもとでの50年間のカワニナの個体群(母集団)の動態を示している。ゲンジボタルが生息していなければ、カワニナはAのような個体群変動を示し、ゲンジボタルが生息していれば、Bのような個体群変動を示す。つまり、A−B=ゲンジボタル幼虫に捕食されたカワニナ数ということになる。

ゲンジボタル幼虫に捕食されるカワニナ数とゲンジボタル成虫の発生について

  100匹のゲンジボタル成虫が発生する河川には、毎年およそ20,000匹の幼虫が孵化して水中に入りカワニナを捕食するが、その多くは途中で死んでしまう。しかしながら、発生数の20〜100倍の留年幼虫が生息しており、カワニナを捕食している。(ゲンジボタルの個体群動態解析及び存続可能性分析)この留年幼虫はゲンジボタルの存続に大きく関わっており、これらを養うだけのカワニナ生息数が必要であると言える。1匹のゲンジボタル幼虫が上陸するまでに食べるカワニナの数は、およそ25匹と言われているから、ここでは1匹のゲンジボタル幼虫が1年間に食べる量を10、留年幼虫数を50,000匹と仮定すると、100匹のゲンジボタル成虫が発生するためには、捕食されるカワニナの数が1年間で500,000匹必要になる。
  このことから、グラフ2の場合においてゲンジボタル成虫の発生を計算するとグラフ3のようになる。

ゲンジボタル成虫の発生数推移
グラフ3.グラフ2の条件におけるゲンジボタル成虫の発生数推移

  以上のことから、カワニナが絶滅せずにある一定の生息数を保ちながら、ゲンジボタル成虫がグラフ3のように発生するには、カワニナの母集団がグラフ2の黒線Aで示す数でなけれはならないことが分かる。

ゲンジボタル発生数とカワニナの母集団
グラフ4.ゲンジボタル発生数とカワニナの母集団との関係

  ゲンジボタル成虫の発生数とカワニナの母集団との関係を表すとグラフ4になる。400,000匹を下回るとゲンジボタル生息地においては、カワニナもゲンジボタルも数年で絶滅する可能性がある。ゲンジボタルが発生するには、少なくとも400,000匹以上のカワニナが生息していなければならないが、仮に生息域が幅2m、長さ100mの河川に平均的に分布しているならば、1m2当たり2,000匹のカワニナが生息していることになる。ただし、この数は母集団であり、総数に占める成貝の割合はおよそ0.4%であるから、1m2当たりに2cm以上の成貝が8匹程度生息している計算になる。ゲンジボタル成虫が100匹発生するためのカワニナ数で言えば、1m2当たりに2cm以上の成貝が16匹程度ということになる。

ゲンジボタルの発生に対するカワニナの母集団に関する考察

  今回行ったシミュレーションでは、以下のキーワードが導き出された。

  ただし本シミュレーションは、あくまで机上論であり、カワニナの繁殖条件も良好な設定での計算が基本となっているから、この結果がすべて自然河川に当てはまるとは言えない。また、実際はカワニナ対幼虫は必ずしも1対1ではなく、複数の幼虫が1匹のカワニナを食べているし、1匹の幼虫が25匹のカワニナを食べなければ上陸しないと決まっているわけでもない。更には、カワニナの生息数が極端に少ない、或いはほとんど生息していない地区においてもゲンジボタルが発生する場所もある。こうした地区では、カワニナ以外ものを食べている可能性が高く、実際にミミズの死骸を食べている観察例もある。しかしながら、ゲンジボタルの多産地においては、上記のキーワードが当てはまる地区も多く存在することから、今後の研究の1つの目安にはなるだろう。
  ゲンジボタルの発生には多くのカワニナが生息していることが必要だが、そのカワニナはゲンジボタルの餌としての存在ではない。ゲンジボタルを飛ばすために、数だけにこだわって幼虫やカワニナを放流することは、何の意味もない。これらの数値は、それらを支える生態系の豊かさの指針でもあり、その仕組みについて学ばなければならない。

カワニナの集団
カワニナの集団(20cm×20cmに100を超える数のカワニナが生息)

関連記事

参考・引用文献


BACK[ヘイケボタルの個体群動態解析及び存続可能性分析] NEXT[ミヤコマドボタル

ホタルと美しい自然環境を守りましょう。 / Copyright (C) 2001-2018 Yoshihito Furukawa All Rights Reserved.