ホタル百科事典/ホタル減少の原因
とかく日本人は「ホタル」が好きです。古くは奈良時代に書かれた「日本書記」にはじまり、その後多くの物語に登場し、詩歌の題材にも用いられてきました。江戸時代においてもホタル見物には大勢の人々が集まったようです。ホタルは、日常の生活の中に存在する身近な昆虫であり、その存在によって、ホタルを背景とした一連の動画が記憶となっていつまでも人々の心に残り、そこから人と人のつながりが生まれ、文化も育まれるといった文化的な昆虫であると言えます。
このホタルが現在、環境改変や水質汚染などにより−特にゲンジボタルは次々とその姿を消していっています。ここ50年で10分の1ほどまでに生息地が減少しているという話も聞きます。下図は、日本国内におけるゲンジボタルの有名な生息地ですが、このなかには特別天然記念物の指定を受けている場所も少なくありません。しかしながら、乱舞が見られる場所は多くはありません。
図1.昔からホタルの生息地として有名な場所(含む特別天然記念物指定)
ホタルの減少と絶滅の原因は、環境庁の第2回自然環境保全基礎調査報告書(1982)によると、農薬使用、イワナ漁のための毒流し、殺貝剤によるミヤイリガイの駆除、牧場・養豚場などからの汚水流入、家庭排水の流入、砕石・土木工事による土砂流入、宅地造成による流水の消失・土砂流入、川砂利採取、河川・用水路改修、農地改良事業等を挙げています。しかしながら、昨今ではホタルの減少と絶滅の原因は様々であり、その多くの原因の背景には、人間社会の様々な要因が絡んでいます。
ホタル減少・絶滅の原因をまとめますと以下の事柄が挙げられます
ホタルの生息する小川をはじめとして、周囲の水辺林等環境全体が自然のままに非常に良好で、ホタルが自生している場所は、現在激減しています。下図は、東京都においてホタルを見ることの出来る場所を表していますが、自然発生地は多摩西部のごく限られた地域だけです。生息環境の項で触れていますが、東京都においての生息地は、低山地の渓流、丘陵地の里山・谷戸、低地のハケなどですが、特に丘陵地の里山・谷戸、低地のハケは、放置・放棄により環境そのものが悪化しており、ホタルの生息数も激減しています。
図2.東京都における生息分布図 (●生息地)
写真1.ホタルの生息地の写真
この写真は、東京都のあるホタル発生地で、「里山」という環境が広がっている場所です。
ここは、宅地開発予定地区になっていましたが、現在は幸運にも、「人と自然のふれあいゾーン」として存続することになりました。しかし、多くの里山は、放置・放棄の状態になっています。里山のほとんどは、私有地であることが多く、その管理は地権者に委ねられています。かつてのような里山の機能を持たせた保全には様々な障害もあり簡単ではありません。里山を構成する雑木林の放置は、植生遷移を進行させ、アズマネザサを中心とするササ型林床とシラカシ、スタジイなどが優先する常緑広葉樹林となります。こうした林は、暗く、林床温度が低く、また落ち葉も単純なために、土壌微生物群も単純化します。そうすると、土壌の団粒構造が保持できなくなり、保水性が低下し、結果として湧水量も減少してしまいます。雑木林とともに里山を構成する水田においても、古墳時代より進められてきた稲作が、減反政策や農家の経営事情により行われなくなり、休耕田になっている所が目立ちます。放棄された水田には、すぐにハンノキが進入し、湿地になります。湿地にも植物が生い茂り、土砂が少しずつ流れ込み、乾燥化・陸地化が進みます。小川の周りは草原になり、生物多様性に富んだ生態系は崩れていきます。当然ホタルの生息にも大きな影響が及ぶことになります。
宅地開発・ゴルフ場開発が行われると、ホタルの生息環境はすべて奪われてしまいます。それだけではありません。東京の里山の近くには、ざっくりと山を削って造られた巨大なごみ捨て場があります。
1984年に内陸型のモデルケースとして造られたこの最終処分場には、三多摩地区360万人から出る膨大な量のプラスチック破砕ごみと焼却灰が埋め立てられています。
毎日10トントラックが100台以上も有害物質を含む焼却灰を満載して運び入れます。
このトラックの出す排気ガスによって、付近の大気汚染も深刻です。樹木の立ち枯れも起きています。更には、有害物質の湧水への混入も起きています。当然、広範囲に悪影響を及ぼし、周辺に生息してきたホタルをはじめ多くの動植物を滅ぼし、生態系にも大きな狂いを生じさせています。
また大規模な開発だけでなく生息環境の一部だけ、例えば河川改修も、ホタルにとっては重要な生息環境を奪われることになります。
写真2.ホタルの生息地の写真
上の写真は、低山地の渓流でゲンジボタルの生息地でした。しかしながら、アウトドアブ−ムで4月頃から川原でキャンプやバ−ベキュ−が行われ、水質悪化のために発生数は減少しました。しかし、それでも毎年数十匹程度発生していました。
写真3.ホタルの生息地の写真
上の写真は、現在の同地区です。水辺林はなくなり護岸工事がされてしまい、かつての面影はまったくありません。以来、ホタルはまったく発生していません。
こうした護岸工事は、まず、工事期間中には多くの重機が河川に入ってダメージを与えます。そしてホタル幼虫の上陸場所を奪い、成虫の休憩場所である茂みを奪い、産卵場所になるコケさえも奪います。また流域の伐採は、水質へも影響を及ぼします。伐採された山から流れる水の成分は硝酸濃度が高いと言われています。伐採の規模にもよりますが、高硝酸濃度は5ヶ月後から顕著に現れ、2年後には70倍、2年4ヶ月後には90倍にも達するという報告があります。硝酸濃度が高くなればpHも下がります。カワニナの貝殻成分は炭酸カルシウムですので、カルシウムイオンが硝酸と反応して硝酸カルシウムとして溶け出してしまい、カワニナは弱って死んでしまいます。
また、近自然工法により工事された護岸では、数年のうちにある程度環境は回復傾向に向かいますが、こうした人工的な護岸は台風等の大雨による被害を受けやすく、ホタルやカワニナが流されてしまいます。
台風等の大雨でホタル幼虫やカワニナが流されてしまうことは昔からありました。主に、留年組の大きな幼虫と3cmを越えるカワニナが流され、川底の隙間に隠れることの出来る小さな幼虫や小さなカワニナは、生き残ることができます。こうした環境変動によって数年はホタルが現象しますが、やがて回復します。しかしながら、昨今の台風の大型化やヒートアイランド現象による集中豪雨は、夏期において頻繁に発生し、実に多くのホタル幼虫やカワニナに回復の見込みがない程の被害をもたらしています。また、逆に小雨による渇水で湧水が枯れてしまったり、水量が減ったために水質悪化や水温上昇が発生し、幼虫やカワニナが死んでしまうということも起きています。
耳慣れない言葉かも知れませんが、この「光害(ひかりがい)」もホタル減少・絶滅の大きな原因の1つとして挙げられます。
ホタルの生息地には、最盛期の週末ともなればホタルの数よりも多い見物人が訪れる場所もあります。例えば、ヘッドライトをつけたままで車で近づいたり、ハザードランプを付けたりします。あるいは、懐中電灯を足下のみならずホタルに向けたりします。これは、ホタルに対して影響を及ぼしているのです。ホタルは光る昆虫です。光によってのみコミュニケーションが図られ、子孫を残していけるのです。彼ら以外の光は邪魔ものの何ものでもありません。
図3.ホタルの飛翔行動範囲
上図は、ある生息地において、2001年と2002年のホタルの成虫の飛翔範囲をあらわしたものです。この2つを比べてみますと飛翔範囲に大きな変化が現れてきています。2001年以前は、湿地帯全域に渡って飛翔していましたが、年々その範囲が限られてきており、2002年ではもっとも下流の地域にその行動範囲が移ってきています。これは、カワニナの生息域の減少と移動に伴う生息域の変化という原因もありますが、特に光害によるものが大きいと考えられます。成虫の発生時期には大勢の人々が訪れますが、農道には何台もの車がヘッドライトを照らして通ります。ホタルの成虫は、その明かりを避けるように農道から遠い下流域へと飛翔範囲を移動させていると考えられます。
写真4.生息地の河川上を常に照らす自動車のライト。
写真5.生息地の河川上を照らす自動車のライト。鑑賞者の手には懐中電灯。
上の写真は、車道脇を流れる川にホタルが生息している場所ですが、普段はほとんど車も人も通ることはありません。しかし、ホタルが発生する時期になると大勢が車で詰めかけ渋滞するほどになります。河川上を常に車のヘッドライトが照らし、多くの鑑賞者の手には懐中電灯が握られ、時折カメラのフラッシュが瞬き川面を照らします。ホタルは僅かな暗闇でしか発光して飛ぶことが出来ません。このような話もあります。ある市町村が発生地において「ホタル祭り」を開催する際に沢山の提灯をつるしました。すると、数年後にホタルは絶滅したのです。主催者は、何も悪気はなかったのですが、ホタルの生態を知らなかったばかりに絶滅させてしまったのです。
光害は、常に明かりを照らすことだけではありません。車のハザードランプを点灯させてホタルを引き寄せるということが行われるようですが、特にヘイケボタルは、ハザードランプに反応してしまいます。これはつまり、ホタルの繁殖行動をハザードランプによって阻害していることになります。自分だけなら良いだろう・・・。訪れた人々が、皆そう思って行動してしまえば、ホタルにとっては繁殖どころではありません。
ホタルレポート第11号/ホタルに及ぼす人工照明の影響と対策
人々はホタル鑑賞のために訪れますが、以下の行為によってホタルが絶滅した場所は、全国的にたいへん多いのです。特に光害と採集は大きな被害を与えます。例えば1日に一家族がホタルを2匹捕まえて持ち帰るとします。それが発生期間に毎日行われれば、50匹以上のホタルが捕られてしまうのです。100匹ほど発生する生息地でその半数が毎年繰り返し採集されてしまうと、ゲンジボタルの個体群動態解析及び存続可能性分析をもとにシュミレーションすると、下のグラフのように確実に減少していき、24年後の絶滅確率は5%、そして50年後には64%以上の確率で絶滅してしまいます。人々のマナーが良くならなければ、毎年ホタルの数は減っていくでしょう。
グラフ1.採集によるホタルの減少曲線
ホタル養殖販売業者や個人はホタルの飼育養殖施設を持っていますが、そのほとんどは種ボタルを得るためや需要に応えるために、全国各地の自然発生地から平然と乱獲しています。上記の場合よりも、はるかに早く絶滅してしまいます。
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