ホタル百科事典/ホタル飼育の方法と観察内容
ここからは、特にゲンジボタルを中心にホタル飼育方法について簡単に解説いたします。
ここに紹介するホタルの飼い方は、こうすれば、たんさんのホタルを養殖できるという方法を記述しているのではありません。ホタルの飼育の目的は、ホタル保護のための生態研究で、フィールド観察を補完することです。そのためにホタル飼育の方法の基本的な事柄を記述してあります。
決して何万円もだしてホタル飼育装置を購入することはありません。ホタルの生態を理解してアイディアを出し工夫すれば、安価でホタルを観察できる飼育装置をつくることができます。皆様も、どうすればホタル飼育が出来るかではなく、どのように飼育すれば、生態の観察が出来るかという視点で、ホタル飼育を考えていただきたいと思います。また、ホタルを飼育観察することによって科学の目を養うとともに、ホタルの生態解明と保護に貢献する優れた昆虫学者が輩出されることを望みます。
最も簡単な方法は、虫かごの中に湿った水苔を敷き、オスとメスのホタルを入れれば、交尾をした後産卵します。(図1)透明なブラスチックケースでも代用できます。しかし保湿性はありますが、風通しが悪く、カビが生えやすいので注意が必要です。水苔でなくても、湿らせたガーゼや湿らせたスポンジでも産卵します。或いは湿ったガーゼで交尾を終えたメスを優しく包んでおくだけでも産卵します。ガーゼの場合は、産卵数をカウントする場合にひじょうに役に立ちますが、幾重にも重ねておくと孵化した幼虫が絡まることがありますので、産卵数を調べる時以外は、使用しない方がよいでしょう。また、スポンジの利用も、孵化した幼虫がスポンジの内部に潜り込んで出てこられなくなることがありますので、お薦めは出来ません。
どのような場所に産卵するのかを観察する意味でも、自然界と同じコケ類に産卵させるべきでしょう。所詮、人工飼育なのだから人工的なものに沢山産卵させる研究もいいのでは、という意見も一部にありますが、この飼育の目的は、観察した結果を自然発生地の環境保全や再生に役立てるためです。コケがどのような場所に生えるのか、ホタルがどのような部分に産卵するのか等を観察する必要があります。また、人工的なものへの強制採卵では、産卵できずにお腹に卵をたくさん抱えて死んでいくメスもいます。
図1.採卵飼育装置
写真1.採卵させるコケ玉
私の場合は、50cm×50cm×50cmの底面以外は網で覆った木箱を使用しました。
底面には緑色の生きたコケ(ハイゴケ、シノブゴケ、ノコギリゴケ、ナギゴケ、ツヤゴケなど)を起伏をもたせながら敷き詰めますが、太めの木に糸で巻き付けて、水槽内に立てかける方が自然界に近い状態で良いと思います。
これらのコケは、山間部の渓流に行けば容易に手に入りますが、園芸店でも盆栽用として販売している所もあります。生きたコケは、ミズゴケと違ってカビが生えませんが、最良の状態に仕上げるためには工夫が必要です。特に購入してきたものは状態が悪く(かなり乾燥している)産卵させるための最適な状況に再生しなければなりません。しかしコケの栽培はひじょうに難しいのです。土がなければ生育できない多くの植物と違い、コケは発達した根を持たない植物です。コケの根は水分や養分を吸収できるような根ではなく、仮根と呼ばれ、土や樹皮などにからだを固定する程度のものです。しかし、何も敷かないと乾燥する部分が出来てしまいますので、赤玉土、樹皮堆肥、腐葉土、川砂などをブレンドしたものを敷きます。コケはからだ全体で水分を吸収していますので、1日1〜2回、霧吹きで水分を補給してやります。また、コケは光合成をしますので日光が必要ですが、直射日光ではなく柔らかい光線の方が乾燥を防げますので、木箱そのものは半日陰に置きます。この方法で、採卵床が最良の状態に仕上がりますが、これらの準備は、成虫を放つ一ヶ月以上前から行っておく必要があります。
準備が完了し、種ボタルを採集しましたら、いよいよ採卵のために木箱に放つわけですが、コケの一部が暗くになるように中に草を茂らせなければなりません。何故なら、ホタルのメスは、日陰になる場所を選んで産卵するからです。片隅に小さなガラス製のコップを置き、茎の途中から切ってきたヨモギなどの草を挿します。かなり沢山挿して、草が垂れ下がるようにするとよいと思います。草を入れずに木箱そのものを日陰や薄暗い場所に置いてもよいのですが、この場合はメスが産卵場所の特定に時間がかかり産卵できずに死んでしまうことがありました。
この木箱に雌雄を放せば、中で比較的自由に飛ぶこともでき、交尾行動も観察できます。そして交尾を済ませたメスはコケの上をはい回り、気に入った場所、数カ所に産卵します。コケの色が緑色ですので、薄い黄色の卵もすぐに見つけることができます。
上の採卵装置では、孵化した幼虫が水中に入ることはできません。兼用のものも作ることができますが、少し複雑で費用もかかるため、採卵用と孵化用と別々に用意する方が良いと思います。まず比較的狭い範囲に産卵していた場合で最も簡単な装置は、例えば水槽の中央にレンガを置き、その上に卵のついた水苔(あるいは生きたコケ)を置くようにするものです。(図2 A)この場合一つだけ注意が必要です。コケを平らにしないことです。孵化した場所が平らである場合、幼虫は水中の方向が解らないようです。数センチ四方をうろうろし、30分以内に水中にたどり着けない時は、その場所で死んでしまいます。ですから、必ず傾斜を付けなければなりません。そしてコケが常に湿る程度に水を入れます。卵は、短時間の水没や乾燥では死ぬことはありませんが、直射日光は避けなければなりません。卵が直射日光が当たると、卵の温度が異常に上昇するために死んでしまいます。また、風通しが悪い所では、カビが生えます。卵の殻は固く、カビによって死んでしまうことはありませんが、孵化した時にカビによって上手く水中に潜れないことがしばしば起きます。自然界と同じように日陰の風通しの良い所で管理することが大切です。孵化した幼虫は次々と水中に入っていきます。
図.2 孵化装置 A
図.3 孵化装置 B
図.4 孵化装置 C(コケ玉)
図.5 孵化装置 D(木に巻き付けたコケ)
次に、比較的広範囲にばらばらに産卵しており、小さなレンガの上では収まらない場合は、(図2 B)のような飼育装置にします。これは、水槽にプラスチック製の網を斜めに立てかけて、その上に卵の付いたコケを置くというものです。ただし、幼虫が水中へと向かう様子は(図2 A)の方が観察しやすいと思います。この場合はコケが乾燥しやすいので、なるべく頻繁に霧吹きで水分を補充すると良いと思います。あるいはエアレ−ションによって水分がコケに飛散するようにするのも良いと思います。
観察内容では、特に孵化率は、自然界では調べることができませんので、気象条件との関係等について調べると興味深い結果が得られると思います。
ゲンジボタルの幼虫の飼育は、下の写真のような2槽式のものを作製します。水槽内にさらに小型の水槽を設置し、下部水槽に濾過装置を設置し浄化させた水を上部の水槽に流し入れるようにします。ガラスの水槽でなくても、発砲スチロールや塩化ビニール製(タッパウェア)のもので十分です。決して高価な濾材や飼育装置を購入する必要はありません。下部水槽には、総水量を多くするためになるべく多くの水を入れますが、上部水槽の水深は3センチから5センチもあれば大丈夫です。水中にエア−ポンプで空気を送ります。
底一面にかるく砂を敷き、隠れ場所として小石を入れるのが良いでしょう。小石は様々な大きさのものを不規則に置くようにします。落ち葉を入れるのも良いでしょう。これらは、幼虫の格好の隠れ場になります。よく、幼虫の成長具合を見るためや観察がし易いという理由で、水槽の底に何も敷かず、植木鉢の欠片だけを置いて飼育している方がいますが、ホタル幼虫の観察が目的の飼育ですから、自然界と同じような状況にしなければ、生態を観察することはできません。
ゲンジボタルの幼虫はカワニナを食べます。孵化したばかりの幼虫は、自分の体の大きさに合ったカワニナの稚貝を食べます。時には、大きな2年ごしの幼虫が食べている大きなカワニナを一緒に食べることもあります。飼育でよく行われる方法として、小さめのカワニナの殻を砕いて与えることがあります。稚貝でなくても小さな幼虫が沢山集まって食べることができますが、自然界ではほとんどあり得ないことです。観察してもその結果は、ホタルの生態とは結びつきません。様々なサイズのカワニナを同居させる必要があります。
ホタルの幼虫を上陸させるまで飼育する場合は、相当量のカワニナが必要になります。単純に幼虫の数の24倍以上必要になります。幼虫の成長はカワニナの摂取量に比例し、幼虫が食べたいときに常にカワニナが存在するような密度で飼育した場合は、成長も早くなります。幼虫は終齢になっても十分に食べないと、その時期になっても上陸しませんので、カワニナが沢山用意できない場合は、飼育することは出来ません。
また、幼虫にカワニナという「餌」を1つ1つ与えるというのではなく、幼虫とある数のカワニナを同居させた自然界と同じ状況・密度で飼育することが、観察上大切です。
「餌」という言葉を辞書で引くと、「動物を養い、または捕らえるために用いる食物。」とあります。餌を与えるという認識では、養殖行為にとどまってしまいます。よく、代用食としていろいろなものを与えて成長するかどうかの実験をしている方がいらっしゃいます。ここで大切なことは、ゲンジボタルの幼虫が自然界で何を食べているのかが重要であって、それに変わる餌(代用食)となるものを探し求めることは、生態観察や自然保護からも意味がありません。
狭く、そして水量の少ない水槽装置では、食べ残しは、すぐに取り除きます。濾過装置を取り付けていても水質が急激に悪化します。貝殻を取り除くときは、貝の中に幼虫が入っていることが多いので、十分に注意しなければなりません。
水換えは毎日少しずつ行えば良いでしょう。塩素を取り除けば、水道水でも大丈夫です。水質にあまりこだわる必要はありませんが、飼育の過程で、例えば、これまで水道水で飼育していて、途中から全量を井戸水に変えるなど急激な変化を与えたりすることはよくありません。また、水温が28度くらいを越えないように、夏場は涼しい場所に置くようにします。水量を多くすれば水温上昇も穏やかになりますが、それでも30度近くになってしまう場合は、小さなクーラーボックスに保冷剤を入れ、その中にエアレ−ションの空気や濾過水が通るようにすると良いと思います。下の写真では装置に発砲スチロールを使用していますが、これは水温を安定させるということと、安価でしかも細工が簡単であるために用いました。
図.6 ホタルの幼虫飼育装置
写真2.ホタルの幼虫飼育装置(1978年)
写真3.ホタルの幼虫飼育装置(2002年)
塩ビ製衣装ケースおよびタッパウェア
テトラ社スポンジフィルター使用、総水量約50リットル
写真4.ホタルの幼虫飼育装置(1978年)
発泡スチロール、セメント加工、
上部濾過装置使用、総水量約40リットル
写真5. 終齢に達したホタルの幼虫たち(1月)
20cm×40cmの飼育水槽で常に20個のカワニナがいるようにし、1齢から終齢までの生存率を調べました。(1978.古河)飼育する容器の大きさや幼虫の齢、その他様々な条件によって生存率は変化すると思われますが、飼育する個体密度が低い方が、成長不良にもならず生存率が高くなります。ただし、どのような条件で飼育しても、必ず成長の悪い幼虫が存在します。11月には、大きい幼虫では2センチくらいになりますが、未だに5mmほどの幼虫も何割がいます。これは、自然界でも同じで、こうした幼虫は成虫になるまでに2年〜3年を要します。こうした成長のばらつきについては、自然河川で追跡調査することは不可能ですので、飼育することでそのメカニズムを探る必要があります。
ホタルの飼育観察は、長い年月を要します。ですから、ホタル飼育を始める前に観察の計画を立てることが必要です。もし、1年間の飼育ならば予め飼育数を決めて、孵化した幼虫はすぐに放流するべきでしょう。目的は、ホタルの大量養殖ではなく、生態の観察にあります。幼虫の放流は、なるべく早い時期にお願いいたします。なぜなら、自然界においては、1匹の成虫が産んだ卵から無事に成虫になるのはたったの2匹程度ですが、これでその地区の集団は、数もそして遺伝的形質も存続できるのです。しかし、飼育によって大きく育てた沢山の幼虫を放流すれば、非常に沢山のホタルが羽化する可能性があります。遺伝的に同じような形質を持つものが多く羽化するわけです。これでは遺伝的多様性が失われ、結果としてホタルを絶滅させてしまう心配があるからです。
ヘイケボタルの幼虫は、環境適応力がすぐれているため、ゲンジボタルの幼虫に比較して飼育がしやすいホタルであると言えます。水盤に水を入れ、植木鉢のかけらとエアレーションだけでも飼育はできます。しかし、生息地と同じような環境を作って飼育しなければ、生態の観察はできません。上記のゲンジボタルの飼育装置と同じものを使用した場合、水流はより緩慢にします。水底には、砂や石ではなく生息場所と同じ水田の土、もしくは園芸店で購入出来る荒木田土(もともとは、東京の荒川周辺の荒木田原から採取された土)を敷き入れます。セリを植え付けるのもよいでしょう。こういった飼育方法ならば、水田と同じ生活の様子が観察できます。ヘイケボタルの幼虫は、カワニナだけでなく、ヒメタニシ、モノアラガイ、サカマキガイ等いろいろな水中にすむ巻き貝を食べます。これらは、水田や小川、溜池等で比較的簡単に採取することができます。
参照 / ヘイケボタルの飼育と観察日誌
ゲンジボタル・ヘイケボタルの飼育と観察日誌
前 項[ホタル飼育の目的] / 次 項[ホタル飼育の方法と観察内容2]
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