ホタル百科事典/ホタル飼育の目的
テレビや雑誌社、新聞社から取材を受けたり、ホタル保存会の方々とお話しする機会があると、必ず聞かれることがあります。「ホタルを飼われているんですか。難しいんでしょ?どうすれば沢山飼えるんですか?私は、こう答えています。「調べたいことがある時だけ、飼育して観察しています。今は飼育していません。普段は生息地まで言って調べています。」そして、ホタル飼育の目的について、お話させていただいております。
昨今、ホタル飼育の詳細を紹介するホームページやブログ、本もたいへん多くなりました。その多くは、個人が楽しむ鑑賞目的のものもあれば、企業のイメージアップ戦略のツール、ホテル・旅館の顧客誘致を目的としています。里山環境の象徴を手に入れ、それを身近に体験できることをうたい文句に、ホタル飼育について詳しく書いています。また、知識が少ない一般の方のために、システム化し、装置を高い値段で販売し、あたかもひじょうに簡単に飼育ができるかのように宣伝し、推奨している場合も少なくありません。こうした情報の氾濫により、ホタル飼育を始めたいと望む人々も多くなり、実際に手軽に始める方もいらっしゃいます。或いは、ホタルを見たことのない子供たちのために、身近に触れるものとして飼育なさる方もいらっしゃいます。しかしながら、現在のホタル飼育の多くは、「ホタル保護」とは関係のない行為となっているのです。
ホタル飼育は、ホタル保護のためにホタルの生態を観察・研究することを目的にして行わなければならないと思います。生態観察は、生息地でのフィールドワークが基本ですが、観察内容によっては飼育に頼らざるを得ない場合があります。例えば、幼虫の脱皮の様子を自然の小川で詳細に観察することは不可能です。飼育することによって初めて生態を緻密に観察できることも多いのです。そういう意味では、ホタルに限ったことではなく、飼育はたいへん重要でもありますが、現在行われているホタル飼育は、いかにホタルを簡単な方法で飼育するか、そしていかにたくさんの幼虫を育てるか或いは成虫にさせるかということに終始し、生態の観察とはかけ離れた行為が多く見られます。
観察を目的としたホタル飼育も、ほとんどが水槽等で行われていますが、水槽飼育から観察したことが、本当のホタルの生態であるとは限りません。例えば、ホタルの幼虫の上陸に関して言えば、上陸地を造った水槽では、ホタルの幼虫は水際からそれ程遠くない場所に潜っていきます。一番遠い場所で水槽の縁の部分です。しかし、自然の河川で暮らす幼虫は、水際から何mも、時には10m以上も歩いていって土の中に潜るものもいます。どこが蛹になるために一番適しているのか探すためです。生息地(自然界)で実際に上陸の観察をしなければ、ホタルの幼虫は皆、水際近くに潜るものだと思いこんでしまう可能性があります。ホタルの産卵場所においても同じことが言えます。水槽飼育では、水苔を敷いておけば産卵しますが、自然界では、生えているコケならばどれでも良いというわけではありません。また、飼育の方法によっては、卵の孵化率、幼虫の成育、成虫の羽化率等を飼育者がコントロールしてしまっている場合もあります。
飼育観察結果は、可能な限り自然の生息地に行って、ホタルは水槽と本当に同じ行動なのかを確かめることが必要です。飼育結果がすべてではありません。飼育による生態観察は、あくまで生息地でのフィールドワークを補完するものです。
得られた知識は生息地の環境整備等に活かし、ホタルをとりまく生態系を守るために、或いは復元するために役立てることが何より大切です。そのためにも、ホタルの本当の生態を知る必要があるのです。
ホタルの自然発生する生息場所の保全や再生は、水槽飼育の観察から得た知識だけでは、出来ないのです。
ホタルの少なくなった小川に再び乱舞を蘇らせることは、容易なことではありません。よく幼虫を沢山飼育して、3月頃に小川に放流するということが行われています。一番簡単に呼び戻す方法で、ホタルはたくさん飛ぶかも知れません。しかし、その川で一生過ごして羽化したホタルは一体何匹いるのでしょうか?これでは、保護ではなく生態系を無視した養殖です。あるいは、沢山の幼虫を飼育し、自宅などで沢山の成虫が羽化したとしましょう。大きな喜びと感動があるに違い有りません。しかし、それだけでは保護にはつながりません。熱帯魚の飼育と同じ感覚・方法での飼育では、生態系を理解するのは難しく、環境の結晶であるということに思いをはせることはないかも知れません。ただし、昨今の地球温暖化による大型台風の発生と上陸、ヒートアイランド現象に伴う局地的な大雨による河川の氾濫によってホタルの幼虫やカワニナが大量に流されるという事実もあります。このような事態に対して、一時的にホタルの幼虫やカワニナを飼育して10月以降の天候安定時期に放流するということも場合によっては必要かも知れません。環境教育のためと言うならば、アゲハチョウやトンボ、オタマジャクシは、なぜ無視されるのでしょうか。
ホタル飼育は、勿論本人の自由です。養殖も鑑賞目的も自由です。しかし、ホタルの飼育養殖行為は、ホタルの自然発生する環境保全の役には立たず、環境教育にもなりません。ホタルをいかに養殖するかという研究もホタルの保護にはつながりません。是非とも「ホタル飼育」は、ホタル保護のための生態観察・研究を目的として、綿密な計画と自然に対しての知識や探求心、そして根気をもってお願いしたいと切に願います。
日本人はホタルと花火が好きだ。情報誌に各地の花火大会の予定表が載るが、先日、関東地方でホタルの見られる場所の特集も出ていて、あきれてしまった。私たちはホタル生息地を守るため、論文を書くときでも詳細な場所の記述は避けるなど注意を払う。しかし、観光客や人寄せ目当てのホタル飼育も増えているようだ。専門業者から数百匹、数千匹単位で購入するケースが減ったのはいいが、多くのホタルを飛ばすためだけで「養殖」を目指す施設も目立つ。単なる「養殖」と保護を視野に入れた「飼育」は、まったく違うものだ。
多摩動物公園昆虫園でホタル飼育場を作ったのは、73年だった。78平方メートルの飼育室と延長74メートルの屋外水路を配置、滝を作り、堰を設け、コイを飼育した。食物連鎖再現のためである。
3年目からゲンジポタルのえさであるカワニナが定着し毎年200〜300匹のホタルが飛ぶようになったが、問題は発生した。ドプネズミが侵入し、ヒルも発生した。ヘピトンボの幼虫もカワニナを食べた。
30年たった今も、ホタル飼育の技術が確立したといえない。逆にいえば、それだけ自然の仕組み、生態系は複雑で徴妙なパランスの上に成り立っている。飼育を通じて、ホタルの生熊系を考えなけれぱ保護にはつながらない。室内の水槽で飼育した幼虫を水路に放し、成虫を飛ぽすだけで「ホタル復活」と喜ぷのはおかしい。幼虫を魚と同じように飼育すれば、天敵はいないから死亡率も少ないし、春に川に放せばホタルは飛ぶ。しかし、それでは、生態系や環境に思いをはせることはない。夕闇に光るホタルは環境の結晶なのだ。(日本ホタルの会 名誉会長 矢島稔)
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