ホタル百科事典/ゲンジボタルの生息地における生態系 その2

東京にそだつホタル

ゲンジボタルの生息地における生態系2

5)ホタルの生息地の食物網

  谷戸に存在する小川、水田、林は互いに独立した存在ではなく、生物の移動やデトリタスの移入・移出を通じて密接に結びついています。つまり、小川と林の食物網は直接・間接的に結びついており、そのこと自体が景観全体の生物群集の維持に重要となっています。

表5.ホタルの生息地の消費者層の栄養段階区分

分類群
栄養段階

哺乳類

鳥類

は虫類
両生類

魚類

昆虫類*1
クモ類

甲殻類
軟体動物他

高次消費者(肉食性または雑食性)

タヌキ、キツネ、イタチ

ゴイサギ、ササゴイ、ダイサギ、コサギ、ヤマセミ、カワセミ、モズ>

シマヘビ、アオダイショウ、ヤマカガシ、ニホンマムシ

第2次消費者(肉食性または雑食性*2)

カワネズミ、コウモリ類

カイツブリ、ヒクイナ、バン、チドリ類、シギ類、ヒバリ、ツバメ、イワツバメ、キセキレイ、ハクセキレイ、セグロセキレイ、オオヨシキリ、セッカ、ホオジロ、カワラヒワ

ニホントカゲ、イモリ、ニホンアカガエル、ヤマアカガエル、シュレーゲルアオガエル

ドジョウ、ホトケドジョウ、メダカ

ハグロトンボ、カワトンボ、ダビドサナエ、コオニヤンマ、オニヤンマ、コヤマトンボ、カマキリ類、カミムラカワゲラ、コグサミドリカワゲラモドキ、セスジミドリカワゲラ、アメンボ、シマアメンボ、ナベブタムシ、タイコウチ、ヘビトンボ、ゴミムシ類、ハンミョウ類、ゲンジボタル、カバキコマチグモ、アオグロハシリグモ、スジブトハシリグモ

アメリカザリガニ、シマイシビル

第1次消費者(植食性)およびデトリタス食者

カヤネズミ

コカゲロウ、サホコカゲロウ、フタバカゲロウ、フタバコカゲロウ、チラカゲロウ、エルモンヒラタカゲロウ、シロタニガワカゲロウ、アカマダラカゲロウ、オオクママダラカゲロウ、イマニシマダラカゲロウ、クシゲマダラカゲロウ、オオマダラカゲロウ、ヨシノマダラカゲロウ、ヒメトビイロカゲロウ、トゲトビイロカゲロウ、モンカゲロウ、キイロカワカゲロウ、トウヨウモンカゲロウ、アミメカゲロウ、バッタ類、ヒラタドロムシ、ブユ類、ユスリカ類、ガガンボ類、ヒゲナガカワトビケラ、ウルマーシマトビケラ、イノプスヤマトビケラ、ニンギョウトビケラ、チョウ・ガ類

ニッポンヨコエビ、ヒメタニシ、カワニナ、モノアラガイ、サカマキガイ、ヒラマキミズマイマイ、マシジミ、イシガイ、マツカサガイ

6)生息主要生物の生態的特性

表6. 生息する主要動物種の生態的特性表

種 名

生活史

種間の関係

生活形

生息場所の利用様式

生息場所の利用内容
(生息場所の利用内容及び生息場所の環境要素)

生活圏の空間的広がり(行動圏)

食性

捕食者他

採食ギルド区分

シュレーゲルアオガエル

周年定着

水田・池沼(繁殖)
広葉樹林(非繁殖期)

不明

昆虫類・クモ類

ヘビ類(シマヘビ・ヤマカガシ)鳥類(サシバ・カラス類)

森林・低木層・昆虫食

ホトケドジョウ

周年定着

水田・湧水等の流水のある浅い砂礫底または砂泥底

不明

底生動物、浮遊動物

サギ類、カワセミ、オニヤンマ

水田・水中・底生動物食

オオムラサキ

周年定着

広葉樹林
まとまった規模の林が必要

不明

エノキ・エゾノキ(幼虫) コナラ・クヌギの樹液 (成虫)

小鳥類

森林・高木層・葉食

ゲンジボタル

周年定着

小川

半径300m

カワニナ(幼虫)

クモ類

小川・水中巻貝食

表7. 生息植物種の生態的特性表

種名

科名

生活形

分布域

生育場所

備考

ニリンソウ

キンポウゲ科

多年草

低地〜山地

落葉樹林内

ヤマザクラ

バラ科

夏緑高木

低地〜山地

落葉樹林内

ウメガサソウ

イチヤクソウ科

多年草

低地

常緑樹林内

乾性立地に生育

ヒルムシロ

ヒルムシロ科

多年草

低地

池沼

オモダカ

>オモダカ科

多年草

低地

水田

キンラン

ラン科

多年草

低地〜山地

落葉樹林内

表8.生態系の機能にかかわる特徴的な動植物

陸水域の機能の例

関連する種・群集

基盤環境形成・維持

微気象の形成

コナラ群落、スギ・ヒノキ植林、ヤナギ河畔林、ヨシ群落、ツルヨシ群落等

水質形成・浄化

ヨシ群落、沈水植物群落、付着藻類、植物プランクトン、 トビケラ類、ブユ類、ユスリカ類、マシジミ、イシガイ、マツカサガイ

底質形成・浄化

ヨシ群落、沈水植物群落、ブユ類、ユスリカ類、ヒメタニシ、 カワニナ、モノアラガイ、サカマキガイ

景観形成

コナラ群落、スギ・ヒノキ植林、ヤナギ河畔林、ヨシ群落、 ツルヨシ群落

生息空間の形成・維持

休息地

カイツブリ、カワウ、ヨシゴイ、ゴイサギ、ササゴイ、ダイサギ、コサギ、マガモ、カルガモ、コガモ、オシドリ、ヒクイナ、バン、ヤマセミ、カワセミ、ヒバリ、ツバメ、キセキレイ、ハクセキレイ、セグロセキレイ、オオヨシキリ、セッカ、カシラダカ

集団ねぐら

カワウ、ゴイサギ、ササゴイ、ダイサギ、コサギ、チドリ類、シギ類

繁殖地

水鳥類、両生類全般、水生昆虫類、 魚類その他の水生生物全般

採餌地

カワネズミ、コウモリ類、水鳥類、カエル類

移動経路

両生類、回遊性魚類

物質生産・循環

物質生産

植物群落全般、植物プランクトン

物質循環

回遊性魚類(生物による物質の移動)

B.ホタルの生息環境と生態系

  対象地域の水系の物理的形態をホタル景観率という観点から表すと図6の様になります。理想値 (b/a=2.0〜3.0、c/b=0.5〜1.5)に対して、対象地域では、(b/a=5.0、c/b=0.6) となります。谷戸に広がる約200mの湿地帯(休耕田)の中央に流れる小さな小川に生息しているために、このような数値になります。しかしながら、谷戸全体を見てみると三方を小高い雑木林で囲まれており、谷戸全体に湿度の高い空気が停留する構造になっており、ホタルは小川を中心としながらも、谷戸全体を飛翔するという行動をとっています。

ゲンジボタルが多く飛翔する場所のホタル景観図
図6.ゲンジボタルが多く飛翔する場所のホタル景観図(古田1977.を一部改変)

2)水系の生態的特性

  生息地の河川は、Aを本流としてそこに各谷戸からの小さな湧水が(B〜D)集まっており、1年を通じて比較的水量は安定しています。(冬期間は、B、C、D、Eの水量は低下)低床は、Aの上流部は礫および砂状ですが、中流より泥が多くなり礫が見えなくなる箇所もあります。深さは5cm〜15cmほどで、流速は本流部でおよそ20cm/secほどあります。生息生物、とくにカワゲラやカゲロウなどの水生昆虫は、本流の中流より下流で多く見られ、B、Cでは本流に比べ数が少なくなっています。(しかし、Cでは、サラサヤンマやサナエトンボの幼虫が見られます。)ゲンジボタルやカワニナは本流下部に多く見られます。(本流湧水地点よりおよそ400m)この部分の導電率はおよそ20us/cmで、B、Cではおよそ8us/cmとなっています。今後、種多様性という観点からSHANNON-WIENER関数やSIMPSON単純度指数、均等度指数、生物生産量を算出し、それぞれの河川を比較検討したいと思います。

参考)

SHANNON-WIENER関数(H’)   H’ =-Σ(ni/N*log2 ni/N)
個体数が多く、サンプルがそれぞれの種に均一に配分されるほど大きい指数値となる。

SIMPSON単純度指数(D)  D=Σ{ni(ni-1)/N(N-1)}
少数の種による独占的傾向が強いほど大きい指数値となる。
1-D と1/Dは、SIMPSON単純度指数(D)を利用したもので、この指数値が大きいほど独占的な種に属する個体が相対的に少なくなり「複雑な群集」を示す。また、指数値が小さいほど「単純な群集」を示す。
(1-Dは、上限を1とする。1/Dは、群集間の多様度の差を非常にはっきり示す。)

均等度指数(J’)     J’=H’/H’max H’max = log2S   
群集を構成するそれぞれの種が平均化するほど大きな指数値となり、少数の種による独占的な状態が強いほど小さな指数値となる(ただし、種数に差がありすぎると正確な比較は望めない。また、1を上限とする)。
S:総種数  N:総個体数  ni:第i番目の種に属する個体数H’の指数は、指数値が大きいほど「複雑な群集」に、逆に指数値が小さいほど「単純な群集」になる。Dの指数は、指数値が小さいほど「複雑な群集」に、逆に指数値が大きいほど「単純な群集」になる。

  本流Aでは、雨量の低下に伴って水位も低下する傾向にあり、また、ゲンジボタル発生箇所の下流部においてはヘドロが溜まりやすくなるという状況にあります。ヘドロは礫をすべて覆い尽くしカワニナの繁殖を阻害しています。本流Aは、落ち葉の流入がほとんどなく、カワニナは水辺から水中にたれ込む草や礫に付着する珪藻類を食べているために、ヘドロの停滞は深刻な問題となっています。

ホタルの生息地の河川図
図7.ホタルの生息地の河川図

底生動物の生息数
グラフ.底生動物の生息数

注 意
観察地点1=A(図7による),2=B,3=C,4=D,5=E
50cm×50cmのコドラ−ト中の現存数
造網型(net−spinning)シマトビケラ科など
固着型(attaching)アミカ科、ブユ科
匍匐型(creeping)ヒラタカゲロウ科、ヘビトンボ科
遊泳型(swimming)コカゲロウ科など
掘潜型(burrowing)モンカゲロウ科など

グラフ.底生動物の生息数

  水系Eでは、ヘイケボタルが多く発生しますが、カワニナも多数生息しています。幾つかの小さな湧水が休耕田に溜まり、そこから幅50cmくらい小川がきわめて穏やかにながれています。深さも浅く、2cm〜10cmほどで底質は泥となっています。水辺は草で覆われ、水中へも垂れ下がっています。また、水中にもセリ等の植物が生えており、さらには周囲の木立からの落ち葉が大量に沈殿しています。しかしながら、ヘドロが溜まることはありません。この水系ではカワニナが大量に繁殖し、20cm四方に15個以上の群落を形成しています。ゲンジボタルも僅かに生息していますが、ヘイケボタルの方が多く、幼虫は水上から簡単に見つけることができるほどです。

ホタルの生息地1 ホタルの生息地2
写真 水系Eの水底の様子(見づらいがカワニナが多く生息している)

C.ホタル生息地の現状

  生息地全体では、面積割合が大きく典型的な落葉広葉樹林(主にクヌギ−コナラ群集)は、森林の階層構造が発達しています。また、人為的管理のなされた二次林や自然性の高い森林を主な生息場所とする動植物種も多く生息しています。また、落葉広葉樹林においては現地踏査の際、斜面下部の湿潤な立地において春植物が多く生育している場所が確認されました。このような特殊な環境の存在により維持される種及び生息場所は地域の生物の多様性を保全する上で重要であると考えられます。また、谷戸を含む里山環境を特徴づける類型や環境であり、これらは対象地域の生態系の重要な要素になっています。ここでは様々な環境がモザイク状をなしており、特にクヌギ−コナラ群集などの森林と水田、放棄水田との移行帯部分では多様な動植物種が確認されました。また、行動圏の広いタヌキなどの哺乳類、鳥類やシュレーゲルアオガエルなどの複合した環境を利用する動物種も確認され、これらのモザイク状の環境に代表される生態系の水平構造は生息地の生態系を考える上で重要と思われます
  さらに、食物網からは、落葉広葉樹林、水田に生息する動植物種により支えられる栄養段階の上位に位置する種として、オオタカ、フクロウ、イタチなどが確認されました。こうした種は行動圏が広い種が多く、複数の類型にまたがる広域的なスケールでの環境の変化を指標するものとして重要であると考えられます。
  水環境の特性からは、落葉広葉樹林を源とする湧水に多くの水生昆虫が生息しており、この落葉広葉樹林が水源としての役割と多量のフォールリターとデトリタスの提供を行い、多様な生物層を支えていると言えます。

C-1.ホタル生息地の問題と課題

  生息地は現在、保全地域に指定され、各保護団体や地方自治体によって調査および保全計画が進められていますが、これまで数年に渡り適切な管理がされないまま放置されていた状態が続いていたために生態系に変化が起きています。
  例えば、湧水量が比較的安定しているため放棄水田の湿地状態はしばらく保たれると考えられますが、一部では乾燥と草原化が進んでいます。これらの谷戸の谷底平野−水田や放棄水田雑草群落等に生息する動植物に乾燥化の影響が及び、乾燥を好む種が増加する等の変化が生じる可能性が考えられます。これらの類型を生育場所とするヨシ、ミゾソバ、チゴザサ、セリなどの植物種や、トウキョウサンショウウオやトウキョウダルマガエル、シュレーゲルアオガエルなどの両生類に、乾燥化の影響による個体数の減少や絶滅の危険性が予測されます。また、この湿地化した放棄水田の乾燥化と草原化は、流れの水量低下にも大きく影響しており、早急に休耕田や湿地を水田に戻すことが必要と思われます。また、湧水の水温は低いために、このままの状態では生物の成育に影響があります。上部に「ため池」を作り、水温を上げて水田に流し込むことも必要と思われます。
  もう1つの大きな問題として、ボランティアによる間違った管理、つまりこれまでの小川沿いの草刈りなどによって、デトリタスを必要としているカワニナの繁殖を阻害していたり、業者によるホタルやシュレーゲルアオガエルの乱獲により生態系が変化し始めているということが挙げられます。

ホタルの生息地における生態系破壊を及ぼす要因
図8.ホタルの生息地における生態系破壊を及ぼす要因

C-2.異なる生態系とホタルの生態的地域特性

  ここで紹介した生態系を形成するゲンジボタルの生息地は、東京都内のある地区です。都内には、他に数カ所の生息地がありますが、生態系は必ずしも同じではありません。
  例えばある地区では、源流部に近い渓流で水温は年間を通して低く、また周囲はほとんどがスギ林で日当たりもよくないという場所があります。また生物相も「里山」とまったく違っています。しかしながら、その流れの一部、約200mだけにカワニナが大量に繁殖し、都内で唯一、数千匹というゲンジボタルが乱舞するのです。
  ここは、ある1本の大きな落葉広葉樹と、一部植林されたばかりの若いスギによって、日当たりが確保されていること、水温が年間を通じて低く、夏冬の温度差が少ないこと、上流に石灰岩層があることで、ゲンジボタルの繁殖が支えられています。異なった生態系においては、ゲンジボタルの生態にも地域特性がみられます。こちらでは、冬期でもカワニナが活発に活動しており、ゲンジボタルの幼虫も盛んに摂食することで、1月に終齢まで成長しているのです。しかし、成虫の発生はどの場所よりも遅いのです。
  この項(生息地の生態系)で紹介しました生態系が、ホタルの生息地すべてに当てはまるものではないということを付け加えさせていただきます。


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