ホタル百科事典/ホタル飼育の方法と観察内容 その2
ホタル飼育の温度や環境などの条件によって違いがありますが、東京地方の自然界ではおおむね4月下旬頃になると、ホタルの終齢幼虫は蛹化のために上陸しますので、土盛りをした別の上陸用の飼育水槽を用意し、終齢幼虫を移す方法を取ります。(図4)上陸間近の終齢幼虫は、ホタル飼育水槽の壁面を水面まで登っていたりしますので、すぐに見分けることが出来るでしょう。
ホタルの幼虫は、自然界では雨が降らなければ上陸をしません。というよりも、雨が降らなければ上陸できないのです。水中から陸上へと生活環境を変える時、雨がその変化を和らげ、また潜ろうとする土壌を柔らかくするのです。飼育装置でも同じです。霧吹きやジョーロで擬似的に雨を降らせないと上陸は行われません。
ホタルの幼虫を上陸させる時に注意しなければならないのは、蛹化のための土壌とそのスペースです。まず、下の左側写真のように、なるべく陸地の部分を多くすることが大切です。広ければ広いほど良いでしょう。土は、通気性、保水性、排水性がよく、団粒構造でありながら細かく、しかも柔らかいものが必要です。生息地の土を採取するのもよいと思いますが、例えば黒土、、赤玉土(小)、川砂、ピ−トモス、細かく砕いた炭(いずれも園芸店で入手可能)などを混ぜ合わせたものを用いると良いでしょう。ただし、小さな閉鎖的な水槽では、悪性の菌が含まれていたり、カビが生えてしまうと、すぐにそれらが広がる恐れがあります。そうなれば、せっかく蛹になっても死んでしまいます。一度鉄板の上で焼くなどの殺菌処理が必要です。また、ホタル飼育水槽に土をセットしても、土が適度に湿っている状態が常に保たれていなければなりません。乾いてしまったり、植物が根腐れするほど湿っている状態でもよくありません。下の写真の装置では、底に穴が空いており余分な水分は流れ落ちるようになっています。また、水分補給は、土壌の状態を観察しながら補給しています。
ただし、陸地すべてが同じ環境でない方が良いです。土の上には落ち葉や石を適度に置き、緩やかな起伏をもたせるようにし、植物も植えます。植物は、上陸する一ヶ月以上も前から生えていなければ、広がる根によって土まゆが破壊されてしまう可能性もあります。ホタルの幼虫は上陸しても、条件が揃わないと再び水中に戻ってしまいます。場合によっては、水中で死んでしまうという例も報告されています。昨今、様々な飼育方法が紹介されています。中にはホタルの幼虫の生活場所と蛹になる陸地の部分が別々の水槽に分かれており、その2つを橋でつないだものがあります。一応、ホタルの幼虫は上陸して土に潜るようですが、出来る限り、ホタルの生息する水辺の環境と同じようにすることが必要です。土壌の状態が違っていたり、単調ですと、自然界とは違う行動をするかも知れません。観察結果を安易にホタルの生態だと思いこんでしまう危険性もあります。隙間があっても団粒構造でない固い土壌で、しかもホタルの幼虫が潜土した時に濡れていないと、ホタルの幼虫は蛹室を作ることが出来ません。こういった状況を「ホタル幼虫は、上陸してもすぐには土まゆを作らずに、隙間で休眠する?」と勘違いしてしまいます。自然界でこのような状況になった場合は、次の夜、もしくは次の降雨時に再び蛹室を作る最適な場所を求めて移動しますが、それまでに乾燥して死んでしまったり、アリに襲われてしまう場合も少なくありません。
ホタル飼育水槽の置き場所も大切です。暖かい室内で直射日光の当たる窓際や長時間直射日光の当たるベランダなどに装置を置いた場合は、装置内の温度も当然に高くなります。狭い装置では、場合によっては高温になることも考えられますので、注意が必要です。また、一日中蓋をして暗くしたり、夜まで明るい室内に置いてはいけません。幼虫は、雨以外にも日長時間や水温の変化によって上陸の時期を判断しています。
幼虫が蛹化するためには、土中の温度が23℃でなければならないという報告もありますが、前蛹、蛹化、羽化には有効積算温度によって成長速度が左右されています。必ずしも23℃にならなければ蛹化しないというわけではなく、またその温度を保つ必要もありません。ちなみに、常に23℃を保つと有効積算温度からおよそ27日で羽化する計算になります。
写真6.上陸用のホタル飼育装置(1978年)
写真7.上陸用のホタル飼育装置(2003年)
ホタル幼虫の強制上陸という方法が紹介されていますが、これは、ゲンジボタルはもとよりヘイケボタルの幼虫にとっても、決して自然なことではありません。ただし、「土まゆ」の様子や蛹化の様子など、土を掘り返さなければ観察できない場合においては、10cm四方の容器に用土を入れて、上陸して土の上を歩いている幼虫を1匹だけ移して潜らせることは必要です。しかし、こういった場合を除いては、通常行う方法ではありません。
ヘイケボタルは、ほとんどの幼虫が水際から近くの場所で蛹化します。場合によっては(適度に湿った粘土質の柔らかい土:水田の畦等)、土の中に潜らずに、表面に土まゆをつくる幼虫もいます。ゲンジボタルでは、土壌条件の範囲が狭いのですが、ヘイケボタルでは水田の土だけでも、問題はありません。例えば、60cm水槽に水田の土や荒木田土を入れ、片方が陸地になるように盛り上げます。もう一方は水深が2〜3cmになるように水を入れた装置で良いのです。陸地には、セリ等の湿地に生える植物を植えることによって、土まゆをつくりやすい物理的環境を提供でき、水分も自動的に吸水されます。
もちろん、上記のようなゲンジボタルの上陸装置でも、問題なく上陸し、羽化します。
これまで解説したホタルの飼育方法は、ホタル飼育装置を個別にすることにより ホタルのそれぞれの生活環境を再現しやすく、また、物理的条件を変えて生態を調べることができるという利点があります。 たとえば、産卵するコケの場所や条件、幼虫の好む水流、蛹化の土壌などを変えたものをいくつも用意してホタルに適した条件を調べることができます。
ホタルにとって最良の条件がわかれば、これまでの個別の装置を1つにした飼育水槽をつくるのもよいでしょう。 庭に小川をつくったり、大型水槽を用いて、ホタルの生態に適した環境を再現するようにします。下図7.のような飼育装置では、ポンプにより水流を作ることや酸素の供給が必要ではありますが、基本的には、自然界と同じように魚の糞が水中の窒素分を増やし、一部は珪藻類の繁殖に使われ、カワニナの餌となります。その他多くの窒素分は、水中で分解されたり、土中に吸収され植物の栄養素として使われます。 また、光合成細菌や各種好気性バクテリアなどにより水質も浄化され、土壌も活性化します。小さなホタル飼育装置の中にも食物連鎖のピラミッドが形成された自然環境を作り出すことが重要です。カワニナは、ある定量を入れたら自然繁殖を待ちます。養殖飼育のように 次々に入れてはいけません。また、ホタルとカワニナだけでなく、水中には小魚や川エビ、水底にはカワゲラやトビケラの生息も必要です。土中にはミミズやダンゴムシも生きていなければなりません。
このホタル飼育水槽は、ホタルをたくさん羽化させるものではありませんし、また、たくさん羽化することもないかもしれません。この中は、養殖飼育のようにホタルを食物連鎖のピラミッドの頂点にしてはいけません。自然界の幼虫のように、2〜3日カワニナに出会えないような状況も必要でしょう。似たような水槽装置が販売されているかも知れませんが、自分で作ることに意味があります。自分で作ることは、学ぶことにつながります。このような水槽でよく観察すれば、幼虫の捕食行動や脱皮時の行動などを見ることができます。個別の飼育観察装置とは、違ったホタルの生態が観察できることもあるかもしれません。
しかしながら、ホタル飼育水槽においても完全に自然環境、ホタルの生態系を再現することは不可能です。この中で羽化した成虫が自由に飛び回り、交尾して産卵するには、狭すぎます。また、ホタルの生態も自然界とは全く違っている場合もあります。知らず知らずのうちに、ホタルの成育や羽化率等を人間がコントロールしていることがあるかも知れません。飼育結果がすべてではありません。どんなにいろいろな実験を行っても、観察した結果は、可能な限り自然発生地で検証しなければなりません。
図7.飼育水槽モデル図
参照 / ホタル飼育における限界
前 項[ホタル飼育の方法と観察内容] / 次 項[カワニナ飼育と方法]
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