ホタル百科事典/ホタルに関する調査研究レポート

東京にそだつホタル

ホタルの養殖と放流についての諸問題

地場以外のホタル養殖放流 ー地域の自然を破壊ー

  夏の風物詩を代表するホタルー。ホタルの仲間は日本に約40種いるが、そのうち光を発するいわゆる”ホタル”は数種。北海道に元々生息する”ホタル”はヘイケボタルで、ゲンジボタルは生息していない。ヘイケボタルは清流のホタルではなく、湿原や谷間の湿地やたんぼ周辺に生息する種類。清流のイメージのゲンジボタルと同じに扱うのは誤りだ。餌もゲンジボタルと違いカワニナではなく、本来モノアラガイやヒラマキガイといった在来の巻き貝を食べる。
  最近ホタルを見かけなくなったと言われているが、本当にそうなのだろうか?

ヘイケボタルは身近な自然に生息

  留萌館内羽幌町の海鳥センター友の会が行った身近な自然の生き物調査では、同町の溜池にはゲンゴロウやルリボシヤンマのほか、ヘイケボタルも生息していることが分かった。また、札幌拓北高校の調査では、札幌の石狩低湿地の名残である篠路福移湿地やその近くの農地の水路などにも生息。私たちの調査でも旭川市及び近郊20地点以上で生息が確認された。そのほとんどが丘陵地から流れる小河川やその周辺の谷地や溜池なのだが、意外にも市街地近くの水路や川でも見つかっている。そういった場所に本来の生き物が、息づいている。私たちの身近な自然の中にはまだまだヘイケボタルが生息している。

ホタルは”人寄せパンダ”だ

  最近、ホタルをめぐるさまざまな問題が浮上している。公的機関や非政府組織(NGO)、学校や地域が「環境教育」や「自然保護」という名目でホタルを養殖放流、「きれいな水環境保全のシンボル」として養殖放流を行っている例が見受けられるからだ。問題なのは養殖放流の幼虫が地場のものでなく、他の地域(本州産などもある)の個体を購入し養殖放流するケースだ。道内では空知管内沼田町、留萌管内初山別村、網走管内滝上町などではホタルを使ったまちおこしが見られる。沼田町では道内に生息しないゲンジボタルを野外で養殖・放逐し町おこしを行っている。
  ホタルやオオルリオサムシなど移動能力が大きくない昆虫は、地域ごとに特有の遺伝的な多様性を持っていることが分かってきた。たとえば、同じゲンジボタルでも東日本の個体と西日本の個体では光りの点滅速度が大きく異なる。元来その地域に生息しているヘイケボタルも地域ごとに遺伝的な組成が異なっていることが報告されている。他の地域から人為的にヘイケボタルを導入することは、地域特有の遺伝的な組成をかく乱する可能性がある。
  一方、その地域に生息しない生物を安易に養殖し故意に放すことは、ブラックバスやアライグマの例など、その地域の生態系に大きな影響を与える。ゲンジボタルをホタル祭りの目玉にし、野外に放すことは「自然を大切にする心」とは無縁の、”人寄せパンダ”的な商業主義以外の何物でもない。実は沼田町には在来のヘイケボタルが生息している。
  身近な自然に在来のホタルがいるかどうかも調べもせずに、安易に他の地域からホタル持ってきて養殖放流してしまうことは、自然破壊だろう。

ホタルをはじめとする在来生物の保全を

  道内のいくつかのヘイケボタル生息地では自然の沢を近自然河川工法によって都市公園の水路や池のように改変、天塩川水系ではホタル護岸を施し、わざわざゲンジボタルを放流したケースもある。自然環境の保全はホタルが生息することではなく、生息できる環境を保全することだ。ホタルだけではない。その土地に昔から生息する在来生物を保全していく態度こそが、自然保護や環境教育の本来的あり方だ。
  自然環境の復元やビオトープを根本的に理解していない。このようなパフォーマンスに対して、「ホタルの養殖放流=環境保全=良い試み」のようなステレオタイプなマスコミ報道が目立つ。本当に自然環境に配慮した試みなのか?それとも見せかけなのかを吟味せず報道することは、間違った価値観を多くの人に植え付ける。
  安易な養殖放流に共通するものとして、ホタルだけでなく地域の生物相を見直す態度や、ホタルや生態系についての正しい知識を身に付ける努力が欠けている。ホタルを養殖放流しなくても自分達の手で身近な生物の調べることで、環境教育や環境保全だけでなく地域の歴史をも振り返ることが出来る。ホタルが見つかればどんな環境に生息するのかもおのずと見えるだろうし、どんな生物が一緒に生息するのかも判るだろう。そのことが地域の魅力に気づき愛着へとつながるに違いない。
  私たちがホタルを目にしなくなったのは、ホタルが身近に生息していないためではなく自然の中に出かけなくなったのであり、生活習慣が自然とかけ離れてしまったことが大きいように思う。自然環境の保全の第一歩は、「身近な自然にはどのような生物がいるのだろうか?」という問いから始まる。足元の自然を知らなくて環境保全することは出来ない。
− 斎藤和範 −
ご本人に了解のもと、掲載いたしました。

斎藤和範 北海道立旭川高等看護学院 非常勤講師(自然環境学:水生生物・外来生物担当)
Free-lance Curator(専門:水生昆虫・外来生物(カエル類・ざりがに類))
生態学会外来種問題検討作業部会検討委員
1962年稚内市生まれ。札幌市在住。水産庁北海道区水産研究所研究員、札幌市埋蔵文化財センター非常勤職員、旭川大学非常勤講師等を経て、道立旭川高等看護学院非常勤講師。滋賀県立琵琶湖博物館、ミュージアムパーク茨城県自然博物館、札幌市・旭川市・小樽市等道内各地の博物館で企画展の協力、図録執筆、講演等を行っている。


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