ホタル百科事典/ホタルに関する質問

東京にそだつホタル

ホタルはオスが先に羽化する

なぜ、オスのホタルが先に羽化するのでしょうか?

  私は長野県で自生するゲンジボタルの保護活動を行っています。ホタルを観察して疑問に思ったのですが、羽化はオスが先で、数日遅れてメスが羽化します。それはなぜでしょうか?
私の住んでいる所では、かつて100ヘクタールの水田を張り巡らす農業用水路のいたるところで発生しましたが、現在は水田の中の草が繁る農業用水路の1−2箇所と水田周辺の沢筋2−3箇所で、数匹から数十匹の発生が見られるのみとなっています。そしてそれら発生個所は100−1000メートル離れて点在しております。そこでは、数匹から数十匹のなかでの交配となりますので、兄弟やいとこなど、血筋の近い交配がかなりの確率でおこると思われます。ましてやそれが何十年、何百年も続くとなればなおさらです。ですから、これら幾つかの発生場所間で遺伝子の交流があるものと思われます。
  ホタルのオスが先に羽化するのは、メスが羽化するまでの数日間に、100−1000メートル離れた他の場所に散らばるためではないでしょうか?生物には、「強いオスを選ぶしくみ」や「近親交配を避けるしくみ」が必ず備わっているのではないかと思います。ホタルはどうなんでしょう? 

ホタルのオスが先に羽化する事の考察

  ホタル(ゲンジボタルやヘイケボタル)の成虫は、必ずオスが先に羽化します。
下のグラフは、オスとメスの発生数(羽化後、地上に出現すること)を表しています。自然の小川などでは、何日に何匹新たに発生したのかを調査することは非常に困難なため、人工飼育下において1匹1匹カウントしました。発生数は毎年、あるいは地域によって、さらには環境の変化によっても変動しますが、それが自然の小川でも人工飼育の水槽内でも必ずオスが先に発生し、その4〜10日後にメスが発生するということと、オスの発生数の方がメスのそれよりも多いということは、共通しています。

ホタルの雌雄の発生数グラフ
グラフ1.オスとメスの発生数(飼育下においてのカウント)

  オスが先に羽化するものは、ホタルのみならず他の昆虫、例えばカブトムシ、オオムラサキなどでも見られ、やはり10日ほど遅れてメスが羽化してきます。これは、昆虫が進化し、生存し続けてきた長い歴史の中で、彼らが培ってきたもので、そこに1つの法則を見いだすことは難しいと思います。様々なことが考えられるでしょう。
  例えば、羽化したばかりのオスは、交尾の準備が整うまでにおよそ2日ほど要するということが、オオムラサキやヒトシジミなどのチョウ類で観察されています。つまり、オスの交尾能力に準備期間が必要なために、雌雄に発生時期の差が必然的に起きているのではないかということが言われています。
  ホタルの場合もそうであるとは言えませんが、(ただ、ホタルは羽化してしばらくは土中で過ごしますから、地上に出て活動する時点では、すでに交尾できる状態にあるでしょう。)オスが先に発生するということは、成虫が「交尾をして子孫を残す」という目的を果たすためにそうしていると考えてよいのではないでしょうか。

ホタルの成虫の生存数グラフ
グラフ2.成虫の生存数(オスの寿命を4日、メスの寿命を6日とする)

  上のグラフは、グラフ1の発生数をもとに、ある時点において何匹生存しているかを表したものです。飼育下など非常によい環境のもとでは、成虫の寿命は、オスが13日、メスは15日くらいですが、自然界での生存率は、オス3.3日、メス5.7日という観察報告もあります。ここでは、自然界での生存率を基にしてグラフ化しています。
  自然界では、およそ一ヶ月の発生期間中、オスは毎晩のようにメスを探して飛び回るということは出来ません。光をコミュニケーションとして交尾に至るホタルは、月が出ている明るい夜や風のとても強い夜などは、あまり光らず飛ぶことはありません。また、気温の低い日も同様です。その限られた期間に、確実に多くのメスが交尾しなければ子孫は残せないのです。発生したメスの多くが交尾するためには、多くのオスの集団が必要です。しかし、沢山飛び回るオスは、外敵にも襲われやすく、寿命も短いのです。
  このグラフからはわかるように、オスが先に羽化することによって、その結果メスの発生初期より充分なオスの集団が形成されています。ご質問に、「ホタルのオスが先に羽化するのは、メスが羽化するまでの数日間に遺伝子交流の目的で他の場所に散らばるため?」とございますが、確かに雌雄ともに他の発生場所へ飛んでいくことが認められていますが、そのためにオスが先に羽化しているのであると結論づけることは出来ません。

ホタルの近親交配について

  通常、自然界では近親交配は起こりにくい構造になっています。また、生物はそれぞれに様々な防衛手段をもっていると言われています。ホタルの場合は、上のグラフのように一ヶ月に渡って発生したり、成虫になるまで1年、2年、あるいは3年を要するものがいたり、中には2Km先の他の生息地まで飛んでいくものもいます。個体密度が低下すると、飛翔距離が長くなる傾向もあるようです。これらは、近親交配を避ける本能と解釈することが出来ます。しかし、何らかの理由、例えば人為的影響による環境変化によって生息地が分断され、交流がなくなってしまった場合や、個体数の激減が進むと「近親交配」の度合いが高まり,通常は発現しない有害遺伝子が発現します。有害遺伝子が発現すると,形質劣化や繁殖力の低下,すなわち「近交弱勢」が生じ,集団は衰退・絶滅の危機にさらされることになります。これは、2001年4月の“Nature”誌に掲載された論文で、フィンランドの島の草地に住む野性の蝶の数とDNAを調べることによって、自然界での近親交配が遺伝的な多様性を失わせ種の絶滅を招くことが立証されています。アメリカでは、シカゴ動物学協会のレイシー博士が絶滅種のシミュレーション、ボルテックスプログラムを作成しました。このプログラムによると、個体数がある数まで減少すれば、近親交配が起こり、その結果として先天異常、種の免疫力の低下が起こります。さらに個体減少がある臨界数を超えると、あたかも渦巻きに飲み込まれたかのごとく加速度的に絶滅へと向かうという「絶滅の渦巻現象」が発生することを示しています。
  ホタルのご質問の中にあるような状況では、おっしゃるように近親交配が進んでいると考えられます。今現在、点在している発生地の保護は勿論のこと個体数も増加させなければ、数年のうちに絶滅という結果を招いてしまうかも知れません。


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